2018年10月05日

地域型NPO(団体)の憂鬱

現在は、社会課題解決型のNPO全盛時代である。正確にいえば、NPOでなくてもいいのがある部分日本の特異的なところで、課題解決型企業がもてはやされる。企業の場合、ニーズを作り出すのが、成熟した市場社会では構造的に必然であるからあえてなぜそんな言い方をするのか?という疑問が個人的にはある。

こういう社会風潮が作り出してきたのは、ある種非連続的だった営利企業と非営利団体がいつのまにか、連続的に語られるようになってきた「いま」であるように思う。そういう意味では、アメリカ型市場社会に21世紀になり日本社会も類似してきた。

ということは、社会課題の解決という「象徴的看板」が、社会構造そのものの変革ではなく、現状の社会を追認しつつ語られ続けるという危険性を孕む。
そして、解決すべき「社会課題」にしなければならないという構造的必然性を要求する。

営利企業がその「社会課題」または、「社会課題の解決」を商品化していくように、たとえば、個人やNPOがクラウドファンディングによって寄付や資金を集めるのも同じ構図に陥ることになる。

うち(寝屋川市民たすけあいの会)のような小地域の共同型の団体にとっては、このような現状は厳しい。
なぜならば、@共同性をもっているが故に、対象をできるだけ対象化しない構造をもち、仮に対象化するにしても匿名化するとともに、選別化ではなくソーシャルな構造化を行う。A「声なき声を拾う」ことをミッションにしていることは、自らが生活課題を構造的に抱えていることを自覚化でき(て)いない人たちの支援を行うことになる。つまり、それは社会課題になり得ない。第三者からはきわめてわかりにくい。B第三者が求める「わかりやすさ」は、地域の中では個人の特定になりかねず、排斥の構造に陥る危険性を孕むが故に漠然とした表現になりやすい。
全国にある「社会福祉協議会」が何をやっている、何をする団体かがわかりにくいというのとこの話は同じである。「住民が主体」といっても、知らない人にはわかりにくい。

そうして、うち(寝屋川市民たすけあいの会)のような団体は90年代の半ばには全国的にもほとんどなくなった。社会福祉協議会の傘下に入っていった。生き残って活動を続けていった団体は、2000年代に入ってのNPO法人化の波に、介護保険や障害者サービスを提供する事業所になっていったか、一時的な市民活動ブームにのって、行政の委託事業の受託団体になったか、共益性をたかめ共助団体になったかである。

大阪市の釜ヶ崎地区のように地域全体がもともと社会課題が多くある地区であるというラベリングがあり、その社会課題をして、逆に多方面に発信していくという構図はなかなか通常の「地域」(特に市域を中心とした)ではなじみにくい。

今回の台風21号での被災もビジュアル的な被害のインパクトは強かったものの、大阪の「寝屋川市」という小地域のすっきりしないわかりにくい活動の継続に、寄付をするという構図になかなかつながらない。

まさにタイトルどおり地域型NPOの憂鬱である。
譲れないラインなのだが、わかりやすさの打ち出しをしないと、支援は広がらない。



寝屋川市民たすけあいの会PR動画  https://youtu.be/cgC7n6w-qrs




【拡散希望】
‪「被災した「最先端の老舗」をみんなで支える意味 」‬
http://lessor.hatenablog.com/entry/2018/09/18/023901


‪NPOが台風被害 建物修復に寄付募る - 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20180919/k00/00e/040/206000c

被害状況の動画
https://youtu.be/-WJ8POadez4

寄付募集
http://neyagawatasukeai.org/news/news_20180920.html

クラウドファンディング 1000円から
https://congrant.com/project/neyagawa/538

ふるさと納税システムを利用しての寄付 「寝屋川市民たすけあいの会」へと指定ください
http://www.city.neyagawa.osaka.jp/organization_list/hito_fureai/shiminkatsudou/siminkatudousien/1378690782729.html

#台風被害


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2018年09月26日

災害当事者が発信し続けることのたいへんさを想像しよう


災害列島日本。

言われ続けてきたこのことばを平成最後の年、ほんとうにたくさんの人たちが経験してしまっている。
こうして書いているなか、また、大きな台風24号が日本の方向にむかってきている。ほんとうに勘弁して欲しい。

多くの人たちが「被災者」になった一方で、もちろん、「被災者」になっていない人も多いわけである。

熱しやすく冷めやすい国民性?マスコミ性?かは知らないが、災害の報道は一瞬にして上書きされる。

災害当事者でない人たちは「発信してくれないとわからない」という。

それは事実である。

しかし、災害当事者が発信する、発信し続けることがどれだけの負担であるのか?ということへの想像力はもってほしい。

毎日毎日、壊れた建物を見、天気予報に脅え、なくしたものを嘆き、先が見えない中、周りには心強く振る舞わなくてはならない。

発信しつづければつづけるほど、傷つくこともでてくる。
これは災害だけではない。いわゆる「当事者」が発信することには共通しておこることである。

そういった中、それを客観的に発信していくことがどれほどの精神的な負担なのか想像しよう。
ここで言っているのは、「発信してください」と言うなと言っているわけではない。
想像力を持とうと。
        
そして、今回の私たちの被災に際して、

災害当事者ではない方が、「発信」の応援をしてくださることがどれほど、ありがたいか。
‪「被災した「最先端の老舗」をみんなで支える意味 」‬
http://lessor.hatenablog.com/entry/2018/09/18/023901

いろいろな足かせはあるにしても、情報発信をお手伝いいただくことの重要性を改めて、伝えたい。

そして、こうして、読んでくださって、改めて、拡散にご協力いただいているみなさんにも感謝したい。

まだまだ、復旧には時間と労力とお金がかかります。引き続き、よろしくおねがいします



【拡散希望】
‪「被災した「最先端の老舗」をみんなで支える意味 」‬
http://lessor.hatenablog.com/entry/2018/09/18/023901


‪NPOが台風被害 建物修復に寄付募る - 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20180919/k00/00e/040/206000c

被害状況の動画
https://youtu.be/-WJ8POadez4

寄付募集
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クラウドファンディング 1000円から
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#台風被害
posted by 凸凸 at 06:57| 大阪 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月25日

関空はすごいスピードで復旧したけれど

寝屋川市民たすけあいの会は昨日、ぼちぼちはうすの屋根の工事が入り、大きなブルーシートが一枚なくなりました。
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ても、倒壊した建物はまだまだ、こんな感じ。
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昨日のフェイスブックにもあげましたが、

寝屋川市民たすけあいの会のまわりもこのような状態です。
大阪府北部地震、台風21号の影響です。

うちのように倒壊しているのはさすがにありませんが、新しいおうちでも被害はでています。

関空は官邸介入してものすごいスピードで復旧しましたが、庶民の生活はないがしろです。

追いついていません。

そして、寝屋川市民たすけあいの会の二次的、三次的被害も続いています。


カビカビカビ。あちらこちらから、カビが発生。それも、見えないところです。どんどん使えなくなる備品などが増えています。

そして、もっと深刻なのは、突然床から噴き出す水、床が浮き上がり床が剥がれ始めてきています。

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被害状況の動画

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クラウドファンディング 1000円から

#台風被害

以下、まわりの写真 2018.9.24

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posted by 凸凸 at 04:17| 大阪 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月18日

「民家改修型福祉」の終焉?

地域福祉がもてはやされ始めた2000年前後から、いわゆる民家改修型の福祉がもてはやされた時期があった。

1990年代に、障害者の共同作業所や住民参加型介護サービスが、そのあと、宅老所が全国に広がり始めた。

自らが自らの生活課題を自分たちの手で取り組んでいく。いわゆる「日本型の地域福祉」の一形態として、このような取り組みは広がっていく。

当然、それらの活動は潤沢な資金もなく当時の制度から見れば、制度補助の対象外であり、また、身近さ、を前面に出すが故に小さな民家を改造、改修して、それらの取り組みを始めたところも少なくなかった。
いつしか、それらは民家改修型福祉と呼ばれるようになり、2000年の介護保険、2003年の障害者の支援費制度を機会に一気に拡がった。

私の所属する寝屋川市民たすけあいの会は、1978年発足。民家改修を行い、活動拠点とした取り組みは、その発足総会を現在の「ぼちぼちはうす」の場所で行った。

当時、大阪ボランティア協会の理事長だった故 柴田善守先生は、その古めかしい倉庫をしつらえた会場をして、「20世紀の福祉は倉庫から始まった」と、セツルメント運動を紹介したそうだ。

脈々と続く、地域に根差し地域の風景に溶け込んで行われる活動は、その後、ボランティアだけではない障害者福祉事業に取り組み始めたときも、民家や工場を改修して拠点化する精神としてうけついできた。

近年の介護保険の改正の中で、また再び民家改修にて、住民参加型のサービス拠点を実施されるところも散見されるが、基本となる介護保険サービスや障害者総合支援法のサービスは、施設基準が厳しくなり、少なくとも古民家改修では事業を行うことが難しくなってきた。

財政論からも、市町村事業ではなく国事業にしていく流れは確固として、「ぼちぼちはうす」の「地域活動支援センター」という市町村事業もしんどい事業になってきていた。それでも、寝屋川市はがんばって予算確保を行なってくださっていた。支援費制度から障害者自立支援法になるときに、それこそ対象になる制度がないとき(映像06 ぼちぼちはうす〜障害者自立支援法の波紋〜」)にがんばってくださった。横浜市の訪問の家 朋の元理事長の日浦さんが「朋は横浜市民の良心である」と言われたのを聞き、古めかしい名前「寝屋川市民たすけあいの会」に込められた思いを新たに、制度がない、制度があっても対象にならない、そして近年の地域の地盤沈下から、「声があげられない」人たちとともに歩ませてもらってきた。

しかし、平成最後の年。
繰り返される災害に、その思いは無残にも引きちぎられた。ブルシートや瓦礫だらけの街にそれこそ溶け込んで、寝屋川市民たすけあいの会の建物も破壊され、ブルシートだらけになった。

民家改修型福祉は、多発する災害には耐えられないだろう。数年前から議論の続く障害者福祉のグループホームのスプリンクラー問題とも絡む。

外から見ると、民家のような形態の施設は、その精神とともに引き続いていくだろうが、うちのような最低限の改装だけで事業を行う形は終焉を迎えていくだろう。

その時代の終わりに。
そして、精神を引きついで。次の時代に向けて、なんとか、残していきたい。
応援よろしくお願いします。

寝屋川市民たすけあいの会

台風21号の被害について。この2週間を動画にまとめてみました。


【拡散希望】寝屋川市民たすけあいの会 台風21号壊滅的被害、存続、建て替えのための寄付募集 セカンドゴールは建て替え資金!|NPO法人 寝屋川市民たすけあいの会  引き続きよろしくお願いします。#台風21号 #被害



posted by 凸凸 at 05:16| 大阪 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月12日

台風21号により寝屋川市民たすけあいの会が壊滅的な被害

私の所属する寝屋川市民たすけあいの会は壊滅的な被害を受けました。
いま、寄付集めもはじめました。よろしければ、情報の拡散をご協力いただけれ
ば幸いです。

よろしくお願いいたします。

寝屋川市民たすけあいの会 台風21号被害、復旧、存続のための寄付募集
以下のページにて、寄付募集を行うことにしました。なにとぞ、よろしくお願い
いたします

https://congrant.com/project/neyagawa/203

台風21号の被害について
http://neyagawatasukeai.org/news/news_20180904.html

台風21号の被害状況について【第3報】
http://neyagawatasukeai.org/news/news_20180907.html

大雨によって、さらに被害が広がる

台風21号の被害状況について【第4報】
http://neyagawatasukeai.org/news/news_20180910.html

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posted by 凸凸 at 06:24| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月27日

流動化、漂流化を地域単位の中でリアルで実感できていますか?

 障害者自立支援法が施行されて今年で12年になる。

 いろいろな制度的な仕組みもその間に、整備されたものもあり、また、賛否あった施行時の議論が置かれたままのものもあり、着実にブラッシュアップされているものもありだと思う。

 その中で、地域自立支援協議会はいま、どうなっているのであろうか。障害者自立支援法改正時に法定化され、その名称は知られるところになってはいるだろうが、その実、いったい何をしているものなのか、よくわからないのが実情のような気もする。自立支援協議会そのものの話はこれまでも書いてきているし、また、別に書きたいと思っているが、その目的のひとつは、地域の中での関係者間のネットワークをすすめることであった。

 ただ、ネットワークにしろ、チーム支援にしろまた形骸化しているようにもおもえる。

 私自身の問題意識は、この15年=障害者自立支援法より前の支援費ができてからで、「障害者」をとりまく状況はずいぶんかわってきている。中で、そのことを「地域」単位でどの程度のリアルをもっているのか、そのために、何ができるのか。ということになる。

 日本全体でみたときに、法で規定されている「障害者」の数は増えている。情報の古いかたは、それは高齢化の進展からだと思われるだろうが、その実、それだけではない。
 内閣府の障害者白書の数字をみてみると以下になる。
http://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/h28hakusho/zenbun/siryo_02.html

 こどもは減っている。が、身体障害児は横ばいだが、知的、精神はふえている。

 このことが、「地域単位」でどのような影響を与えているか だ。

 障害児教育に少なからずかかわっている人は、こどもが減っているにもかかわらず、いわゆる「障害のあるこども」たちが通うと位置づけられている特別支援学校の児童生徒数が増加しているのは周知の事実だろう。一見すると矛盾しているこの事象も、「地域単位」で何が起こっているのかということを紐解くカギのひとつになる。

 もともと、「障害」のある/なし、は、日本の場合は、世界的にもまれな手帳制度を採用しているゆえに、固定化されているものであるというのが社会通念的である。話がすこし横道にそれるが、「障害」の概念すらまだ旧時代(ICIDH)のままの日本では、実際がだんだんと、その概念に合わなくなっているのも事実である。話をもどそう。日本の制度が旧態依然としていても、実情は日本の概念である障害のある/なしがボーダレス化してきているのである。関係者にはこれも周知の事実だが、軽度化と重度化という両極化が進んできている。重度化は一般には医療の進化によるものと説明される。医(療的)ケアを必要としながら、生活を続けられる方の増加である。そして、軽度化は、障害のある/なしのボーダレス化によるものと説明される。

 このボーダレス化を「地域単位」でどう実感できるのだろうか。

 乳幼児検診で、どの程度のこどもさんがスクリーニングによって、要観察の対象になっているか。
そのこどもさんたちのサポートは、地域の療育支援システムや小児科医療との連携などでどう行われているのか

 療育支援システムで、サポートされたこどもさんたちは、小学校の選択をどのようにされているのか。

 特別支援学校、特別支援学級の在籍児童、生徒数はどのくらいか。小学校卒業時、そして、中学校卒業時の人数とその進路は
 不登校数はどの程度で、どのように把握し、どのように情報共有がされているのか。サポートの体制はどうなっているのか
中学校卒業時の進路の状況はどうなっているのか。

 義務教育時代は、教育の分野が基本のベースになるが、義務教育時代にも、流動化の波は押し寄せている。特別支援学校から地域の学校への転校、いったん取得した療育手帳が、特別支援学校在籍時に、対象外になるなど、ボーダレス化、流動化はどんどん進む。不登校児の中に、サポートを必要とするこどもたちは多い。

 そして、義務教育から卒業すると、一気に、【太い糸】が切れて、「シャカイ」の中に消える。特別支援学校高等部での不登校の問題、高校進学しても、通信制、単位制の学校の増加、定時制高校の中の障害のある子どもさんたちの増加。そして、通えない、修了できない生徒の増加。

 家族機能が低下している中、景気が悪く、雇用が悪ければ、サポステなどにもつながっていたひとたちが大きなつまずきがなく、貧困リアルの中で、自覚なく生活する。

 顕在化してくるのは、精神科やひきこもり相談の臨床場面だ。そして、顕在化は一部でしかない。

 本人や家族の「社会への適応」という強い強い努力の中で、顕在化せず、ゆるやかにもつながれない。
サービス化された市場社会が「フクシ」にも這い入り混んだ中、漂流は進む。

 ワタシタチは、この流動化、漂流化を地域単位の中でリアルに実感できているだろうか。
posted by 凸凸 at 07:02| 大阪 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月13日

平成30年7月豪雨災害情報 自分用整理note

自分用にnote を使って整理をしています。項目ごとにリンクを貼って整理をするやり方です。
あくまで、自分用で、ひとりで整理できるくらいで更新しています。

ご覧いただき、シェアしたい活用したいと思われれば、どうぞご自由に。

https://note.mu/totutotu/n/nc21539a5968e
posted by 凸凸 at 19:48| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月30日

大阪府北部地震から見える風景 家の中の空室率の高さ

昨日は、大阪府北部地震の地域も大変な天気でした。強い雨と突風。厳しい天候です。大変暑いし。今日の土日は天候の不安定さは予報では出ていますが今のところは晴れています。


いろいろなニュースやSNSで、ブルーシートの貼られたお家、特に瓦屋根が剥がれたおうちや古いおうちが写ってますよね。大変だと思いますこの土日に張り替えないといけないおうちもたくさんあるでしょう。


そういったブルーシートが貼られたおうちの写真とともに今回特にボランティアの活動風景の中でよく出てくるのが家の中の参上です。もちろん転倒防止の処置がされていなかったことなどもあるかと思いますが、気になるのは空室率のことです。


高齢社会の進展とともに、家族構成人数が少なくなり、特に高度経済成長からバブル期に建てられた家であったりの間取りが時代遅れになってきています。

90年代に私が居住福祉なるものを勉強していた時に出てきたのは日本の家族数と部屋数の数のミスマッチの話題でした。

日本の家族は1人一室、部屋がない、と言うのがその当時の話題でした。


しかし時代が変わり、今や一戸建ての上階に空室がたくさんあり、高齢化した家族は上の階の上がることができない、ほったらかし、なんていうおうちもたくさんあるのではないでしょうか。


今回、荷物が崩れたり壊れたりしたのは、その上の階の部屋のものだった。が、紹介されている写真等で散見されるように思います。

そういった意味でも今回の大阪府北部地震は日常的な高齢社会のいろいろな課題を、また新たな側面から明らかにしたと言うことができるようにも思います。

posted by 凸凸 at 08:57| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月22日

大阪府北部地震について

 6月18日(月)の7:58に大阪府の北部地域を震源とした大きな地震があり、いわゆる北摂地域、北河内地域と京都府南部地域を中心に大きな被害が出ています。
 私のfacebookを中心に状況を発信させていただいていますので、それをご覧いただいているみなさまは、状況がある程度は伝わっている化と思います。

 大きな余震?本震?の心配もまだ残っていますが、19日の深夜を境に余震は減っており、日常の活動および復旧活動が進んできています。
ガスの復旧がまだまだの地域もあり、住宅の損壊の数もかなりな数に上りますので、再びの大地震がなかったとして、いまから、生活上の課題、問題がでてくるかとはおもいます。

 ここからは、私見ですが。
 
 今回、自宅のある高槻で、ちょうど寝屋川に行こうと車に乗ろうとした瞬間に地震でした。緊急地震速報より地震の方が早く、外にいましたので、空がゆがんだような感覚。阪神淡路のときは、早朝でふとんの上に物が舞いましたが、今回は直下だったとのことで、感覚はだいぶ違いました。
 とりあえず、自宅マンションの3階までかけあがり、相方の無事を確認、火がでていないのだけを確認して、ぐちゃぐちゃな自宅を放って、寝屋川に向かいました(寝屋川の状況は最下)。(うちのあたりは、水とガスがダメになりました)

 報道などで出ているように、全国的には高槻、茨木の被害が大きいようですが、地図でみてもらうとわかりますが、高槻、茨木は広いので、ほぼ被害のない地域もあれば、大きな被害を被っている地域もあります。

 2,3日は特に、そして、1週間は大きな地震に注意というのが定説ですので、まだまだ、油断は許されませんが、救助→避難→復旧→復興というプロセスで言えば、昨日あたりから、復旧プロセスに入りつつあるといったところでしょうか。

 興味のある方は、避難所の開設状況やガスの復旧のマップなどをみていただいたら現在の被害の状況がわかると思いますが、それを高槻市、茨木市の土砂災害や河川災害のハザードマップと重ね合わせてみてくださると、実は地震だけではなくいろいろと「弱い地域」であることがわかります。淀川の支流の川沿いの地域が重なってきます。そして、それは、実は歴史的、生活史的にもそうです。
 
 また、市行政、社会福祉協議会の姿勢などの差もかなりある地域です。

 阪神淡路のときにも大きな被害があった地域ですが、あのときの震源は今回の地域からいえば西。高槻よりも茨木や吹田、豊中の被害が大きかった。
 自分自身も阪神淡路の体験が活かされていると思いますが、同じ地域でも温度差はやはり感じます。

 まだまだ、緊張した日々続きます。ストレスに弱い方は、実は、ここから体調を崩されたり、突然な不調がきたりもします。
まだ、避難されている方もおられます。ここからはいかに日常に緩やかに戻していくのかになると思っています。




寝屋川市民たすけあいの会 大阪府北部地震の状況について
http://neyagawatasukeai.org/news/news_20180621.html
posted by 凸凸 at 10:32| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月08日

Birthday メッセージをありがとうございます。

 昨日、2018/05/07にて、50歳になりました。

 facebookを中心にして、いろいろな方からメッセージをいただき、ありがとうございます。

自分の誕生日の時期が、

季節の変わり目で毎年体調が優れない上に、年度初めで、かなりバタバタしているということで、あまり落ち着いて迎えられないのは、毎年のこと。

それでも、一年に一度の区切りの日を迎えれたことを感謝して。

本来なら、お一人お一人に、お礼さし上げなければならないところ、こうして、BLOGにてのお礼にて失礼させていただきます。

また、一年、よろしくおねがいいたします。

                      冨田昌吾
posted by 凸凸 at 06:32| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする