2019年11月01日

2019年11月 珍しく講演をします

とみたのことをご存知の方は、10数年前より講演をめったにしないというのは、よくご存じかと思います。

それこそ、1998年から2002年くらいまでは一番多いときは年間100本近くの講演をしていました。
いまから、考えたら驚異ですね。そういう時代でした。

ふれあいサロンについて、地域の福祉活動について、障害者福祉制度についてなどなど、いろいろなオーダーがありました。

さて、そんなわたしですが、11月は「義理」でお受けする講演会が二つあります。

一つはそんな中でも特に珍しい大阪市で相談支援(地域移行)の話をさせていただきます。相談支援専門員(など?)の研修らしいです。
北野誠一先生からのオーダーで、理由があり、断りきれず。。。
大阪市障害者研修センターというところの主催です。
  ↓

特に、精神科病院からではない方の地域移行の話をします。おもに、高次脳機能障害の話のオーダーですがさて。

もう一つは地元 寝屋川で。
自分がかかわっている団体主催ですが、春にやったセミナーの第2弾です。
春にやったのは、介護保険にかかわっておられる方、向きに話をしましたが、今後は誰でも、寝屋川以外からでもOK
障害者福祉制度のいろはの「い・ろ」くらいをお話しをします。
有料ですが、とにかくどなたでもOKにしています。たぶん、もう2度とありません。

あとは、私が話をするのではないですが、ずっと司会進行を仰せつかっている研修会が11月27日 西宮で開催されます。

こちらもぜひどうぞ


posted by 凸凸 at 20:47| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月31日

政治家は今回の連続した台風の被害についてわかっているのか?

昨年の西日本豪雨に続いて、今年2019年も、台風15号からはじまった一連(19号、21号など)の風水害の広域被害が起こっている。


あらためて言うまでもなく、それも西日本豪雨を超える面積の浸水など、まとまった情報が伝わってきて、その被害の広さ大きさに心を痛めるばかりだ。


そして、落ち着いてきたあたりから、いろいろな視点が出てきている。

その中でも、なにか腑に落ちない点が2点ある。


一つは、台風19号のときにでてきた「ダム」と「堤防」の強化策である。

当たり前の話であるが、治水は複合的にとりくまなければならない。


一部で、ようやく専門家からの指摘がでてきているように、人間の作る「ダム」「堤防」だけでは、すべての洪水を防ぐことはできない。

あまり指摘されていないが、水田がなくなり、森林がなくなると、雨水はすべて、ダムと川 下水にのみ集中する。

つまり、地面が水を含めない分、降った分がすべて流れる。


そもそも、開発してはいけない土地を開発し、コンクリートで固めても、結局、土壌流出や土砂崩れがおきて、壊れてしまう。

開発制限をかけ、人が住まなくなり使わなくなった建物は速やかに壊し、単なる空き地ではなく、保水力のある土地として保全すること、

そして、森林を保全し、循環型林業を保持しなければ、結局は、いくら巨大なダムや高い堤防をつくってもダメだ。

ソフトとハードの融合がどこまでいっても必要なのだ。


また、開発規制の話ともかかわるが。

昨年の西日本豪雨のときに指摘した自治体の合併の問題がなぜか今回全くでてこない。

西日本豪雨では、合併した自治体の周辺部旧自治体への支援の課題がでた。広域化した自治体はそもそも人口減少などで吸収された旧自治体地域への手当が不十分になりがちで、施策の遅れが如実に表れた。


今回、避難所の環境の地域差の話が報道されている


が、国の法制度の問題が指摘されるだけで、肝心の自治体の現状があまりふれられていない。
上田市の写真の避難所といわき市の避難所の話が「格差」としてふれられるだけだ。

もちろん、法律にうたい、財的な手当を出し、避難所の環境改善を早急に進めていくことは必要だ。
が、残念ながら、そういった物品の購入は「お金」で解決できても、「人」の問題は解決できない。
つまり、自治体には「人」がいない。その解決の手立てがみえてこない。

平成の大合併で自治体の数は減った。しかし、高齢化社会が進むこの日本で、こういった災害に対応できる「自治」を財政的、人的に運営できる「自治体」の適性を現在の自治体はもてているのだろうか。

単純な道州制の導入などを言っているのではない。
台風15号のときの千葉県のように、都道府県は、もうその役割をある種「整理できていない」。それは「自治」できない市町村を抱える都道府県の悩みにも直結するのであろう。

国としては、去年は西日本 今年は東日本 に大きな災害が起こったことをして、リスクの分散を考えるべきだろうし、その流れの中で、再度、地方自治を考えるべきだ。

高齢化社会が、単に人口構造が高齢化しているのではなく、社会そのものが「高齢化」していることを切実に認識し、若返りの薬がないと嘆くのではなく、きちんと社会の構造を考えていかないといけない。

posted by 凸凸 at 20:00| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月30日

単に消極的な意味ではなく「天災におびえて暮らす」ことを忘れないことが再び必要なのでは

俺、見た・・・ニホン・・・そう見えなかった・・・

     はりついた無表情・・・痴呆の笑顔と・・・孤独だけだった・・・

     俺達・・・外国人が孤独なんじゃない。日本人がだ。

     インカの村・・・自給自足・・・電気も水道もない・・・

     村人 いつも天災におびえ・・・そして・・・貧しい・・・けど・・・

     収穫の日の祭りの笑顔だけは、ニホンの誰よりも

     心からしあわせな笑顔・・・

     その笑顔のためだけにまた一年を過ごせる・・・
 
    人間・・・一番怖いの欲・・・欲は聖なるものを踏みにじり、

     そして・・・欲に根ざした進歩や文明・・・人、

     しあわせにはならない・・・

「ジパング少年」 いわしげ孝著 小学館 13巻より

1980年代末から90年代初頭までに連載されていた漫画のなかの台詞です。

まさにバブルの時代の中で連載されていた漫画の中、その批判。

その後の「失われた20年」といわれますが、「その失われた20年」で一般に言われるものよりそれを取り戻そうとして
失い続けているもののほうが大きい気がします。


posted by 凸凸 at 07:27| 大阪 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月11日

2019年台風15号に見る「風害」という被災の特徴 被災経験者視点から

昨年の台風21号に続いて今年の台風15号。

台風15号で甚大な被害を受けたのに、まったく報道されない千葉県館山・南房総の様子 #台風15号 - NAVER まとめ https://matome.naver.jp/odai/2156808762096005401

【台風15号】「暑くて寝られず」「ろうそく頼り」 千葉で停電続く、なお57万軒 断水も9万戸、ライフライン深刻 | 2019/9/10 - 千葉日報 https://this.kiji.is/543989177706021985

地震や水害とは違い「風害」と言っていい被災の類型だと思う。広い地域で被災、今日で72時間、道路の寸断もあるみたいだが電力会社のアナウンスからすると今日でかなりの停電は解消させるといっているみたいだし
(今日中は危うい?)東電「千葉の停電、11日中の復旧見通せず」 46万戸
https://www.asahi.com/articles/ASM9C2RWGM9CUTIL001.html

揚力ポンプの復活により断水も解消していくようだ。

昨年の台風21号で被災した者としてここからの潮が引くような関心の低下にまず懸念する。

大きな地域の停電は解消されてもここから電信柱の倒壊を直し、引き込み線の断線を調査して直していかなければならない。大→中→小と個別化されていくわけだ。電信柱がエリアですべて倒れていれば数週間かかる。
停電の場合、ニュースになるのは1万戸くらいから、それ以下だと関心は低下する。

もちろん、停電しているか、断水しているか、はその地域、その家の人しかわからないし、場合によっては両隣は復旧したけどみたいなことも起こる。道路のこっちと向こうみたいなことも起こる。

これは短時間特定範囲に起こる豪雨水害と風害に特徴的だと感じている。

地域の「共苦性」が起こりにくく「孤立」化しやすい。

今回の台風15号は過ぎたあと酷暑で熱中症の危険ということで「電気」に注目がいっているが風害の被害でこわいのは続く雨。(昨日、一部で雷雨があったりしたみたいだけど)

屋根が吹き飛んだり建物が壊れているから続く雨でいろいろなものがダメになる。

すでにブルシート不足も報道ででているけど屋根にはるのは厚さが#3000、ホームセンターに行かないとない。厚さが必要。それも、数ヶ月で実はだめになるけど。
https://www.amazon.co.jp/market-k-防水・厚手-ブルーシート-3000/dp/B01MXUSK9V


エリア的には特に千葉県南部や伊豆三浦半島なんかは兼業農家さんも多いだろうからシートさえ手に入れば自分たちでやれる人も多いだろうけど千葉市南部から東南部は市街地も多いし厳しいだろうなあとは高齢化の問題。
千葉県地図
https://www.pref.chiba.lg.jp/kouhou/kenmin/kenmin.html

千葉県の高齢化の状況
https://www.chiba.med.or.jp/general/iryonet/article/news/20130702/01/09.jpg

今回の被災状況をみていると過疎化、高齢化している地域がやはり弱い

追加でもう一つは千葉市の問題。東京に近いエリアと遠いエリアの格差。停電エリアをみると千葉市の南東部や南部。山もある。ここら千葉市長がんばってほしい。

停電してるから情報発信が遅れてるだけと信じたいけど、災害対策本部やボラセン遅い気がするのは、なぜ?
千葉県社協サイト http://www.chibakenshakyo.com/

千葉市社協は少しでている http://www.chiba-shakyo.jp/vc/%e7%81%bd%e5%ae%b3%e3%83%9c%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%86%e3%82%a3%e3%82%a2%e6%83%85%e5%a0%b1/

あと被災エリア別荘が多い。これ懸念事項。お金持ちや芸能人「むちゃくちゃになったらしい」じゃなくて早々に行って発信して地域に恩返しして
東MAXが購入した館山の別荘が台風被害に 植樹した木もどこかへ
https://news.livedoor.com/article/detail/17059634/

別荘が多い地域は地域全体の復旧復興が遅れやすいとも言われています。

これだけ広域に住宅被害がでると去年の西日本豪雨同様、過疎化の進んでる地域の過疎化は助長するし、大阪北部地震台風21号同様、市街地の古い住宅は壊され、弱者の追い出しがはじまる。行政、社協、npoの素早い的確な情報収集と発信を望みます。

今回なんでか、コンビニ動きのろいのもナゾ
台風15号/セブン10店、ファミマ2店、ローソン94店で休業|流通ニュース https://www.ryutsuu.biz/store/l090942.html
posted by 凸凸 at 10:53| 大阪 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月11日

まさに「いま」の時代に求められている NPO法人のマネジメント論、実践

「NPO(法人)が戦うべきは社会課題である」某有名NPO法人のリーダーたちがよく使うフレーズである。

1990年代に、日本に入ってきた「NPO」というコンセプト(としか私はいまだに思っていない)は、1998年の特定非営利活動促進法の制定のあと、2000年代に入り、特に介護保険の制度化によって、福祉介護分野で一気にその数が増えていくとともに、さまざまな分野で00年代に日本で広がった。そして、2011年の東日本大震災を経て、そのことばは市民権を得たと私は思っている(いろいろな方がいろいろ言っている)。

00年代に、NPO法人が広がっていったもう一つの要因は、行政サービスの下請け化=指定管理の促進だともいえると思うし、それによって、指定管理をするだけのためのNPO法人の設立も多かった(いまは、営利法人が一定数うけている)。論点が少し広がるが、00年代は、まだ行政サービス、公共サービスは、営利企業が行うべきものではないという市民の声が一定以上あり(もちろん、いまもある)、それゆえに、NPO法人という一見、公共性が担保される「非営利法人」が指定管理先として期待されたということもあったように思う。

さて、そういった時代をして、NPO法人は現時代に存するわけであるが、「アメリカの10大NPO」ではないが、日本にもかなりの経営規模をもったNPO法人が存在するようになった。NPO全体としては、内閣府の統計をみても、年間予算100万円以下の法人も多く、職員も5人以下の法人が多い。他方、1億円以上の法人は5%程度である。一般にNPO法人は経営規模をして、3極化しているなどと言われたりしている。

しかし、私が思うには、そういった旧態依然の論点からそろそろ抜け出ていくべき時代に入っているように思っている。

文頭に引用した「NPO法人は社会課題に立ち向かう」というスローガンはわかりやすく感じるかもしれないが、実はこれはとても難しい。

たとえば、「社会課題」と言ってもそのことが、「社会課題」であると誰がどのように規定し、その解決方法はだれかに規定されるのか否か。

そもそものNPO論で言えば、民主主義社会、市民社会における「市民」が「自分ごと」として、その「社会課題」を規定し、共有し、そして、解決にむかうためのアクションを行うという「リクツ」だった。
もちろん、その「リクツ」に愚直に向き合おうとしているNPOも一定数あろう、が、今の日本に、「その」民主主義社会もなければ、市民社会もありはせず、前提そのものにたちむかわざるをえないという根本的な構造的矛盾に苛まれる。

それどころか、いまや新自由主義社会の中で、「社会課題」の設定が、政治的、イデオロギー社会的になり、一定の価値観の中で規定される危険性は高まっている。いわゆる「ソーシャル・インパクト」の議論の危うさは、まさにここにあるように感じる。
ソーシャル・ベンチャーということばが示すように、市場論理を活用して、社会課題を解決していくという方法論は、最終的にはその組織が非営利性をもつ必然性を排除する。辛辣にいえば、その際に使われる「非営利性」という「看板」は、その社会課題が政治的、体制的であることを覆い隠したり、緩めたりすることに使われさえする。

さらに、いまやCSRは、さらに「世界的」なSDG’Sのスローガンは、マクロな体制的、政治的な対立や抵抗を、形式的な社会的な発言(いわゆるポリコレ)に収斂させる。

こうして、私たちは手段を単純化させられ、90年代の形骸化した議論を続けるか/経営的手段が市場化されることをよしとせず、小規模・ミクロ化するか/労働運動化するか、という選択肢くらいしか、リーダーたちに提供できなくなった。

組織としての適正規模をコミュニティ診断を基に自らで規定し、経営的な拡大を放棄し
自分たちが取り組む社会課題を科学的に、かつ、民主的に、そして当事者性をもって説明し
そのことを、自らが取り組みコミュニティだけではない、ことを広く発信をし
かつ、3つの財、それぞれで参加とアクションを担保していく

そういったNPO法人のマネジメント論、実践はないものか?

せつに望む



posted by 凸凸 at 15:06| 大阪 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月09日

【『人間としての尊厳』再考 〜Scandinavian Democracy というプリズムを通してみる日本社会のひずみ 〜 】二文字理明さん(大阪教育大学名誉教授)さんをおよびしての研究会 定藤記念福祉研究会連続研修会9回目

障害者福祉と地域福祉のリンクを志向し、研究とともに西宮の青葉園をはじめ各地の実践を支援してこられた故・定藤丈弘氏(大阪府立大学教授)の遺志を受け継ぎ、当事者、研究者、実践者、障害者福祉に関心を持つ人たちをつなぐ「出会いの場」の役割を果たすよう、研修会やホームページ・メーリングリストを通じた情報発信などを行っている定藤記念福祉研究会では、「障害者運動・障害者支援、地域福祉を考える」をテーマとした連続研修会を、西宮市社会福祉協議会地域共生館の「共生のまちづくり研究・研修所」のご協賛をいただいて開催しています。

第9回は、大阪教育大学名誉教授の二文字理明さんを講師にお招きし、下記のとおり開催したします。

二文字先生は、大阪教育大学で障害者福祉の教鞭をとられた後、長くスウェーデンで研究を続けられ、4年前に日本に戻られました。スウェーデンの障害者政策などの研究・報告はもとより、レイフ・クリスチャンソンの絵本の翻訳などでもご活躍されています。今回の研修会では、【『人間としての尊厳』再考 〜Scandinavian Democracy というプリズムを通してみる日本社会のひずみ 〜 】と題してお話しいただきます。現在のわが国の社会情勢や障害者支援の状況等に向けて、長年にわたるスウェーデンでの研究と生活を通した、鋭い洞察に基づくお話が聴けるものと考えております。

この連続研修会では、講師の方のお話とともに、参加者のみなさんも交えた質疑をしっかり行い、理解と思索を深めたいと考えています。多くの方のご参加をお待ちしております。


https://kokucheese.com/event/index/571040/
posted by 凸凸 at 20:24| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月30日

めずらしく寝屋川市内で講演しました


ご存知のように、とみたは近年ほとんど講演活動をしません。まして、地元ではしゃべらないって決めて?いるのですが今回事情?がありしゃべることになりました。

寝屋川市内の精神障害者支援を行っている医療法人とそのMS法人、社会福祉法人、と、NPO法人にある寝屋川市民たすけあいの会がそれぞれの1法人ではやりづらい事業をやっていこうと設立した一般社団法人MUGEN。そのセミナーでお話をすることになったのです。
セミナーのきっかけは、実は寝屋川市自立支援協議会精神障害者支援部会主催の「地域連携勉強会」。こちらは毎年秋に精神障害者支援をテーマにして市内のいろいろな専門職とつながっていこうと言うことで行っているセミナーです。その中で特に高齢者支援をされている支援者の方から障害者福祉の制度がわかりにくいという声をいただき、それをきっかけに今回のテーマでセミナーを開催してみようと言うことになりました。

また、秋に同じテーマで今度は対象を広げて開催をする予定です。


・・・・・・・・・・
5月25日(土)、第1回MUGENセミナーを開催しました。「障害者福祉の制度とサービス」と題し、一般社団法人MUGEN代表理事の冨田より話をしました。
寝屋川市内で主に高齢者の支援に携わる方たちがご参加下さいました。

1.介護保険前夜までと社会保障制度
〜なぜ、介護保険制度と障害者福祉制度はこれほど違うのか
2.なにが違う  介護保険と障害者福祉
3.障害者福祉制度の理解とそのために
という三本構成のもと、そもそもの社会保障の考え方、障害者福祉の歴史やその成り立ちをふまえ、現行の制度の種類とその利用方法、そして介護保険との違いについてお伝えしました。

参加者の皆さまからは、「障害者福祉と高齢者福祉におけるICFの捉え方や概念の広がりの違いはなぜ起きるのか」「障害者福祉の相談支援専門員とどのような連携をとれば良いのか」といったご質問がありました。

今回、研修会場をみつわ会事業所としたところ、「初めて障害者福祉の事業所に来ました」と楽しみにしてこられた方もおられ、こうした小さなところから連携の芽が生まれるのかもしれないと思いました。

MUGENセミナーでは、今後も各種セミナーを開催していきます。どうぞご期待ください。8D65B427-3731-44B8-A96A-6A7A7D313C6D.jpg6A130401-10CC-4452-BD0E-99531717BCD4.jpgAA0FAB60-4177-4572-93CC-17EB71D33512.jpgD9F38B29-8521-492E-A01D-CD3CF3B3D8C4.jpg
posted by 凸凸 at 10:52| 大阪 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

定藤記念福祉研究会連続研修会 第8回 井岡勉さん 同志社大学名誉教授

 昨日(5月29日)、連続研修会の第8回を、井岡勉先生(同志社大学名誉教授)を講師にお招きして開催し、36人の方ににご参加いただきました。

 長く地域福祉の実践研究に携わっておられる井岡先生の生い立ち 鉄道弘済会の「社会福祉研究」第134号に書かれたもの


「地域福祉のオルタナティブ: 〈いのちの尊厳〉と〈草の根民主主義〉からの再構築 – 2016/10/22」法律文化社 の最終章

をご紹介いただきながら、まさに「いのちの尊厳」「草の根民主主義」のお話をいただきました。

私などの地域福祉を研究(していた?)ものとしては、井岡先生に長きにわたり間接的にですが、いろいろと教えていただいてきました。
そういった意味で、久しぶりに緊張しました。

2部はお弟子さんでもある関西学院大学の藤井博志先生がすすめていただき、より深めることができたと思います。


この定藤記念福祉研究会は、どなたでも参加することができます。これまでの映像もDVDを貸し出ししていますので見ることができます。↓

次回は、8月の予定です

定藤記念福祉研究会連続研修会facebookページ

599BAF77-9DAA-427D-905F-AC74FD9EACCA.jpg7838435D-227D-4D5A-9ED4-4BC0D6DA6882.jpgC4BC50A9-E3F1-4874-964A-20CE547E0E8D.jpg


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【DVDライブラリについて】
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
西宮市社会福祉協議会の共生のまちづくり研究・研修所のご協力で、連続研修
会のDVDの貸出をしていただいています。ご希望の方は下記までご連絡いた
だき、貸出方法等についてご相談ください。

【DVDライブラリの利用申し込み先】
┌−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−┐
|西宮市社会福祉協議会 共生のまちづくり課             |
|          http://www.n-shakyo.jp/business/?page_id=4980 |
|                                 |
| Tel 0798−61−1361  E-mail kyoseimachi@n-shakyo.jp |
| Fax 0798−61−1409                  |
| 〒662-0857 西宮市中前田町1番23号 地域共生館 ふれぼの内    |
└−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−┘

【ご利用いただくうえでのお願い】
======================================================================
・このDVDは、研修会の講師の方に、研修会に来たかったけど来れなかった
 人や、ちょっと聞き漏らしたという人に見ていただく目的でご了解を得て撮
 影、作成したものですので、コピー、公開、転用などの目的外の使用は固く
 お断りします(研修会資料についても同じです)。
・DVDの貸出・返却を希望される方は、往復の郵送料の負担をお願いします。
 西宮市社会福祉協議会共生まちづくり課にお越しいただいても結構です。
・DVDは基本的に講師の方を中心にした固定のビデオカメラで撮影したもの
 で、説明用のスクリーンなどが読めない場合もありますが、ご了承ください。

【DVDライブラリ一覧(2019/5/30現在)】
======================================================================
第1回 2017年8月23日 ゲスト:牧口一二さん
第2回 2017年11月22日 ゲスト:一圓光彌さん
第3回 2018年2月28日 ゲスト:石田易司さん
第4回 2018年5月23日 ゲスト:岡本榮一さん
第5回 2018年8月29日 ゲスト:尾上浩二さん
第6回 2018年11月28日 ゲスト:里見賢治さん
第7回 2019年2月27日 ゲスト:佐野武和さん
(※)第8回(井岡勉さん)は準備中です。
posted by 凸凸 at 08:51| 大阪 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月15日

2019年度の報酬改定の資料がでました

消費税や政策的な要因で2019年度は報酬改定の年ではないにもかかわらず、報酬改定が行われます。

その資料が今週、介護保険、障害福祉ともでました。

第168回社会保障審議会介護給付費分科会(ペーパーレス)資料

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000202420_00014.html

第5回「障害福祉サービス等報酬改定検討チーム」資料
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000167016_00009.html?fbclid=IwAR1fBi5j5ccJeW6vmhbnJq5Zn74Z7mBxAVRBDowTo7ZaRel7zBoQdoWrmx4
posted by 凸凸 at 12:00| 大阪 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月08日

「偶発性」そして、「分断化社会」

 昨夜、たまたま、TVのチャンネルをまわしていたときに、目について、しばらく観ていた。この「落合陽一×宮台真司 対談」。
おそらく最後の数分だけをみていたらしい。それが動画で全部見ることができる(まだみていない)。

落合陽一×宮台真司 次の時代をどう生きる #日テレNEWS24 #日テレ #ntv
http://www.news24.jp/articles/2019/02/08/07416470.html

そもそも、私は、落合陽一さんという方を先日、ちまたで大騒ぎになった対談ではじめて名前をしり、そのあと、荻上チキさんとのtwitterでのやりとりから興味をもって少しみたり、読んだりするようになったので、あまりよく知らない。

この対談の後半で、人間=ヒューマンがヒューマンであるための という文脈で、「偶発性」という「ことば」が語られる。

ネットの要約やポータルの紹介のタイトルはこのことばが使われている。
http://news.livedoor.com/article/detail/15990801/

そのことばに至るやりとりや、タイトルにもある「ポスト平成時代(このことばそのものには違和感が満載だが)」におとずれてくるであろう「社会」の語りの中で、

たとえば

昭和時代に「SFの世界で描かれていたような」システム社会の実現の中で、

人間が人間であることは「脱身体化」していくだろう想定は、一定の説得力のある風な議論で、その中ででてきたヒューマン=「偶発性」は議論としては興味深かった。

しかし一方で、私が気になったのは「分断化」というワードだった。

実はこの「分断化」というワードについては、正直、あまりことばの規定もされずに使われていたような感じもしたし、お二人の議論がかみあっているのか、かみあっていないのかも、再度、きいたり文章化されてこないとよくわからない感じもあった。

しかし、この「分断化」についてはかなりひっかかった。

たとえば、インターネットの検索で「分断化社会」を検索してみると、そこには大きく二つの「分断化社会」の解釈が出てくる。
一つは、社会の「再階級化」と言われるもので、グローバル社会の中で世界中で起こっている「階級化」を20世紀から21世紀を語る中ででてくるもの。
そして、もう一つは分極化(polarization)と言われるインターネットによる分断化である。
たとえば、http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/column/opinion/2018/2018-7-6.html 
これは最近「GAFA」などの話題の中でもよく取り上げられる。

しかし、対談の中での印象は、この2つのコンセプトを意識しつつ、今後の社会の中では新たな「分断化」が起こってくるというようなニュアンス(ととれる)議論が展開された印象だった。

身体代替的なテクノロージーや空間代替的なテクノロジーは、たとえば、ひきこもりで家から一歩もでることができない方の就労をバーチャル社会だけではなく、実際の社会の中でも可能にする。ねたきりの方でもそうだ。
これは、実際に先日、オリィ研究所と、一般社団法人分身ロボットコミュニケーション協会(ARCA)が、「オリヒメ(OriHime)-D」での喫茶店の運営というプロジェクト
https://www.timeout.jp/tokyo/ja/ニュース/重度障がい者らが操作-分身-ロボットが運営するカフェオープン-082318
で、構想されている。

「障害」とは社会参加を制限されていることであるから、まさにテクノロジーによる「障害」をなくすこころみである。もともと、社会の「分断化」の現象は、階級化を生み出す(国家政治的な要因ではなく)個人因子、環境因子によるものから生み出されるものが多く、その典型的な因子は「障害」である。また、情報へのアクセスという意味でも「障害者」は高い障壁と「障害」を被り「分断化」されている。

こういった現存する分断化の要因が、仮に身体代替的なテクノロージーや空間代替的なテクノロジー、また(倫理上はかなり問題があるが)生物学的ボーダーなテクノロジー(たとえば、動物やロボットと恋愛するとか性行為をすることができるようになるとか、クローン人間が誕生するとか)の「進歩」によって、分断(化)の価値(というか実際的な線引き)が大きく変わってくることが起こりうるという議論が可能になる。

また、テクノロジーの進歩が「知」による分断ではなく、論理を理解することができるか否か、「知」に対するヒューマン(人間固有的)なアクセスができるかどうか、による分断に置き換わっていくのではないかとう議論が可能になる。(この文脈から「偶発性」がでてきたような)

という議論の展開だったような。(必ずしも、対談を紹介しているわけではないので、うけた印象を自分なりに書いているのでご容赦)

ただ、宮台さんが「資本主義にはもはや抗えない」といいつつはじめた議論なので、前提には「資本主義」ありき。

仮に「わたしたち」が、

人間が人間であることが「偶発性」であるならば、それは人間関係の中から生み出されるものであって、

と、おそらく言い始めることと、同じ言葉(コンセプト)をしてもここまで議論が違ってくるのかというおもしろさ。

そんなことをこの対談をして思いました。

posted by 凸凸 at 19:35| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする