2020年06月27日

コロナの影響で、生活が苦しくなっている人、学生さん、こどもたちにむけて 緊急支援を行います。寝屋川市民たすけあいの会

【拡散・支援をよろしくお願いいたします】

「コロナの影響で、生活が苦しくなっている人、学生さん、こどもたちにむけて 協働団体、関係団体とともに 緊急支援を行います。」

新型コロナによって緊急事態が宣言されました。それによって、新型コロナの感染はいったん落ち着いたような状況になりましたが、生活のさまざまな場面に徐々に影響が大きくではじめています。
すでに都市中心部や周辺部で、住んでおられる方たちのお仕事や、状況によって一か月以上前から生活困窮状態に陥ってしまった方たちがあふれてきている地域も少なくありません。
実は
それはその地域地域によっても状況が違っています。


私たちの活動する寝屋川では二週間くらい前から関係団体の中で、
生活が苦しくなっている「人、学生さん、こどもたち」の声がいろいろな形ででてきはじめてきました。高齢化率30%超え、生活保護受給率も高い寝屋川市の場合、少し他の都市近郊自治体とは違います。また、給付金の10万円の対応も早かった(これはこれで問題も出ましたが)ので、タイミングが遅いのだとも思います。
逆に経済活動も再開、学校も再開してきたことから単純にはニーズは出てこないようにも感じています。
なので、緊急事態ではありますが、
ひとつひとつの声を拾いながら、今回は短期間の緊急支援を行いたいと思います。

これまでも、「貧困の連鎖を断ち切る」という目標で連携してきた医療法人三家クリニック×社会福祉法人みつわ会×(株)toitoitoiと寝屋川市民たすけあいの会が協働し、そして、今回は市内の関係機関とも連携して支援を行います。
ぜひ、ご支援をお願いします

1)緊急の食糧支援のための(主に)レトルト食品の購入資金寄付のお願い
2)フードドライブ(おうちで余っている食品の寄贈)
3)コロナの影響で(さらに)ひきこもり状態になっているご家庭のこどもさんにお弁当を届けるための資金寄付のお願い

くわしくはリンクをご覧ください

よろしくお願いいたします


(クラウドファンドサイトのトップ写真はすでに一度、こども食堂さんを通じて配布させていただいたみつわ会オアシスのお菓子とたすけあいの会が寄贈でいただいたチョコレートのつめあわせ)
posted by 凸凸 at 10:45| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月18日

ソーシャルワーク・アカデミー開講します



連続講座「ソーシャルワーク・アカデミー」をトミタの所属団体の寝屋川市民たすけあいの会とNPO法人み・らいず実践研究所と共催で開催させていただきます。
 リアル開催の予定で企画をしてきましたが、昨今の事情を鑑みて、オンライン開催になりました。結果、大阪とは遠方の方でもご参加いただけることになりました(ただし、ノリは大阪ノリです 笑)

 2000年の制度改正を機にあたりまえのように「福祉がサービス」になり、その中でケアマネや相談支援が登場してきました。そして、いま、いろいろな方がいろいろな立場で「ソーシャルワーク」を語られます。制度化、資格化、そして、国際的なソーシャルワークの定義などがでてくる中で、混沌とした状況をの中にあるように見えます。

 一方で、虐待、生活困窮など既存の制度サービスでは解決できない課題に対して対峙する公的な相談援助職(?)も増えてきています。

改めて「ソーシャルワーク」を考えていく時期なのではないか、という思いがあり実現に至りました。

なので、あえて、対象年齢をおそらく介護保険がはじまったあととその前では、学んだ内容が違うだろうということで、設定をしています。
年齢で除外するつもりはなく、介護保険ありきで学んだ人たちを想定しております。


企画段階では、オンラインではなく集まってと思っていましたが、状況を考え、オンラインで開催をはじめることになりました。
3回シリーズ(ミクロ、メゾ、マクロ)になります。

今回はすべて、トミタが話をさせていただきます。 


【日々の社会福祉実践、特に相談支援の中で「果たしてこれでよいのだろうか?」と思い悩むことはありませんか?
 サービス利用者に対する需給調整だけが、「ソーシャルワーク」なのか?既存のサービスに相談者を当てはめることが「ソーシャルワーク」なのか?そんな「ソーシャルワークって何?」ということを改めて考える「ソーシャルワークアカデミー」を開講します。
 日々の実践を意識しつつも、ソーシャルワーク本来の「ありよう」を参加者同士で分かち合いながら、明日からの実践のヒントとなるようなものを皆様と一緒に得られる機会になればと思います。】

<日時>第1回
2020年7月9日(木)19:00〜21:00
「ミクロ編:クライエントを不幸にしない相談援助とは?-支援プロセスを振り返って-」

<講師>
NPO法人寝屋川市民たすけあいの会 事務局長 冨田昌吾氏
(聞き手:NPO法人み・らいず 実践研究所副所長 松浦宏樹)

<対象者>
 概ね45歳以下の方で相談支援等の業務に従事されている方、または関心のある方。
(介護保険制度がはじまって以降に、福祉教育を受けられた方を想定してこの年齢の設定になっております)

<受講料>
1回 2000円

<開催方法>
今回のセミナーはZoomのミーティング機能を使用して開催いたします。

<お申し込み方法>
以下のページからお申し込みお願いします

※今後以下の【マクロ編】【メゾ編】も順次開講予定です!
【マクロ編】「『今の貧困』と『昔の貧困』何が違うの?-福祉の歴史から自身の『座標軸』を考える-」
【メゾ編】「『本人をとりまくもの』にアプローチする-『地域』『ちいき』と言うけれど-」
posted by 凸凸 at 14:25| 大阪 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月17日

障害福祉の常識を問い直す講座その3 ・発達ってポジティブな変化?!

第3回のご案内になります。

連続講座のようになっていますが、話題自体は一回一回になりますので、興味のあるテーマにご参加いただいてもOKです。よろしくお願いいたします。

日頃当たり前に使っていることば(用語)
日頃当たり前と思っている価値観
日頃当たり前にやっている関わり
それって、当たり前?
あれ?そもそも何のためだったの?
誰による、誰のためのもの?
などなどを考え直す講座です。
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
研修名:障害福祉の常識を問い直す講座その3
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
第3回 発達ってポジティブな変化?!

日 程:2020年7月1日(水)19:00〜
*18:30〜からOpenしています。初めてのZOOMという方は、少しお早めにお越しください。
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
主 催:(有)SNOW DREAM
メイン講師:冨田昌吾さん(寝屋川市民たすけあいの会)
対 象:専門職(経験と知識がある方の参加を前提としています。別途基礎編を企画中です。)
定 員:100(ZOOM開催)
参加費:¥5,000/1回
 *参加費は全額寝屋川市民たすけあいの会に寄付します。
*2回参加で3回目は無料(3回に1回無料)の割引制導入します!
講義1時間+質疑応答30分〜1時間を予定しています。
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
お申し込みは、メール(snow.dream.order@gmail.com)または、Messengerで。
お名前(ふりがな)・年齢
ご職業・経験年数
をお知らせください。
*1回目にご参加の方は、お名前のみでOKです。
折り返し、参加費振込先口座をお知らせします。
入金確認後、当日のZOOMミーティングIDとパスワードをお知らせいたします。
*ZOOM開催です。ZOOMを使える準備をしてご参加ください。
また、Wi-Fi環境の整ったところからのご参加を推奨いたします。(携帯回線などからのご参加は通信状態が良くない、通信制限に達してしまうなどのトラブルが予想されます。通信に関わるトラブルの責任は負いかねますのでご了承ください)
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
今後、こんなキーワードでの講座をやっていきます。
 ・ケア
 ・ノーマライゼーション
 ・個別
 ・支援者の専門性
 ・療育
 ・特別支援
 ・合理的配慮
 ・共生
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
posted by 凸凸 at 08:16| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月13日

「運動を知らない」若い障害者運動者たちへ−いつでも好きなときに好きなものが食べられなくなっていいの?怖いよ「専門家」たち−

コロナの話題が圧倒的な中、巷で話題?になっている話がある。

パロっていうならば「こんな夜更けにじいさんがラーメン食うのかよ」

もともとはtwitter上にあがった動画(いまや11万回も再生されている)に論争が起きて、という話だった。

それをネットニュースのBuzzFeed Newsが取材をして、それがyahooニュースに取り上げられて。。。

そのニュースがこちら

深夜に96歳の男性が「ラーメン食べたい」と言ったら、どうしますか? 「ほどほど幸せに暮らす」を目指す事業者の挑戦

もともと、このtwitterのアカウント主は少し前にSNS上でお知り合いになった方でこのtwitterのやりとりもリアルで追っていた。
ネットニュースにのってしまったがゆえに、さらに「炎上」が燃え上がり、いまだに燃えているらしい。

が、私がこの動画について、どうのこうのいうわけはなく。
タイトルにあるように、ずいぶん長く障害のある人たちとともに暮らして来させてもらっているので、おこがましくもメッセージをださせてもらうことにした。

途中から大炎上してしまったので、もちろんすべてをおっていることはできないが、この一連の騒動に、障害福祉関係者や特に地域で活動をしながら暮らしている障害当事者からのリアクションをほとんどみることがない。権利擁護運動をしているグループの方たちが少し反応されたかなくらい。

もちろん、コロナでたいへんだし、今年は障害者権利条約の年だし、忙しくてそんなもんみてないわ。
って、いわれるかもしれない。

が、私個人的には何をあたりまえのことを何を騒いでる?って感じではないか。twitterの動画みても、ネットニュースみても。
皮肉的ないいかたをあえてすれば、

障害者がやっても絵にならんし話題にもならんけど、きれいな施設で年寄りがうまそうに食べていたら絵になって話題になってるんやな。

くらい。
 あたりまえのことを何を言ってるの?好きなときに好きなものを食べられるのが暮らしでしょ、と。
 まぁ、すべての「障害者」関係者や「障害者運動」をしている人がこう思うかどうか、なんて、当然わからないわけで、とみたの個人の思いとして聞き流してくださればいいですけど。

個人的には10年に一度くらいこういうマスコミにワーと、この手の話がのって、論争になって、また、下火になるを繰り返しますよね。と。
夜バナ」だって、映画ではきれいに描かれたみたいだけど、もともと90年代の制度がまだまだな時代にガチでやっていたときの話だし、いまパッと騒動が思い浮かばないけど、浮かんでは消えるみたいな感じ。

ただ、ちょっと、イヤだなと思った騒動でもあるこれ。
ひとつはtwitterでブワーと拡がったときに、すごくたくさんみてられないような書き込みがあふれたこと
責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任責任

それも、予想できるでしょうけど、会社と介助者支援者の。

当然のように    「96歳のこの方の責任」  とは言わない ハハハ。だよね。世の中的に言えば。専門職も含めて。

障害福祉の分野で最近よく言われている「意思決定支援」とかでいうなら、病院でペースト食たべてた96歳の高齢者にカツ丼やラーメンを提供するための意思決定支援をきちんとしていることが、このネット記事で説明されたってなるんでしょう(中盤から後半にかけての内容)

あと、SNSの時代だなぁと思ったことは、おそらく病院の関係者たちが「そんな勝手なことして、また肺炎起こして救急搬送。ふざけるな!」って書き込みが目についたこと。ある種まじめな人たちの真面目な書き込みなんでしょうけど、SNSでぶわーと並ぶとすごい「健康健全圧力」。
ほら、障害者のみなさん、

病院に何回も入院していて、医者とか医療関係者の言うことを聞かないで、再入院したら、そんな目でみられてるんですよ

感じるでしょう?

*****
私などは、ひねくれているので。
このネット記事が
タイトル下の見出しに
深夜に96歳の男性が美味しそうにラーメンを食べる動画をアップしたある事業者に、介護の専門職が一斉に非難の声をあげました。でも画面に映る男性は美味しそうだし、嬉しそう。」
って、「美味しそうだし、嬉しそう」ってことばが並んだのか?ってことに疑問がわきます。

もとのtweetも
「次は天丼くいたい!』『天丼はないっす!ラーメンなら作れます』『じゃあ、ラーメン!』えっと、夜中3時半。
10日前まで半年間、ずっと病院でペースト食だった反動なのか、ほんっとに美味しいみたい。食べることは生きることだと教えてくださってる。」
美味しいみたい

みんな、「おいしく食べてくださった」「うれしい、よろこんでもらえた」って、だから絵になるし、炎上するんですよねって思ってしまう。

夜中に起きてこられて、「ラーメン食べたい」。わかりました。ラーメン出したら、「まずい」「いらない」って吐き出されたら、どう?
話題にもならないだろうし、会社の責任とか、専門職性とか、食べることがとか、盛り上がらないでしょうね。意思決定をどうしたかだけが残るかな。

でも、「それもあり」、が、ともに暮らすってことじゃないですか(基づく自らの実体験)
もちろん、支援する側や介助する側はよろこんでくださったらうれしいですよ。でもそれは「ケアの権力性」。

ほら、みんな、もっと危機感を持とうよ。やばいよ。











posted by 凸凸 at 15:48| 大阪 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月07日

ふわりんくるーじょんSD 当日のパワーポイントとお話しの内容(6 最終回)変わるべきは何? 変わらぬべきは何?(後編)

最終回になります。

当日の1部、2部についてはすでに動画公開がされています。https://www.kk2.ne.jp/kk2/biz01/spc12.html/
どなたでもKK2に登録すると無料で視聴できるとのことです。
当日は、「新しい生活様式」に対応した社会をつくっていくとするならば、私たちがこれまで取り組んできたような
多くの同じような人が集団で暮らす施設を小規模分散化することやユニバーサルデザインに基づいたハードづくりは、かなり有効だと思っているというところでほぼ時間がなくなりました。
都市の密の話のときに、例えば日本の都市の公園の面積の少なさなど話をしたかったのですが。。。

付けくわえのように、駆け足で「with コロナ もどってほしくないことを紹介しました
今回のcovid-19対策を日本社会が行っている中でみえてきたこと
わかってはいたければ、極めて深いアナログ化社会であること。
民間のデータサイエンティストが見た「驚きの内幕」、厚労省のコロナ分析 https://forbesjapan.com/articles/detail/34658
特に、揶揄された保健所のFAXによる感染者入力はその典型的な例だろうし、特別給付金の10万の事務作業にしても結局はアナログ対応しかない。行政の職員が仕事でオンラインミーティングすらできない自治体の多さに頭が痛い。
これはこれまでもさんざんいわれてきた話ではありましたがここまで如実に現れるとあきれるしかありません。上にひいた引用にもかかれているが、そもそもデジタル文化がないのです。そのことが本当によくわかりました。
 これは、おそらく自治体という仕組みの構成の問題にも関係するのだろう。都道府県とは何だ?とこれから、いろいろな分野から withコロナ時代の議論が出てくるでしょう。その中で、都道府県とは何か?という議論が盛り上がってほしいと思います。個人的には全く機能しなかった前時代的な仕組みになりさがってしまったと思っています。
 また、アナログの話と同じ分野にもきこえるかもしれませんが、この国の一次データーのとりあつかいと公開についてはあきれるというよりイラつきます。5月になってようやくNTTとSBの系列の会社が人の集積データーの公開をやってくれるようになりましたが、正直、どのデーターも一次資料がきちんとした形ででてこず、公開されず、またそういう文化がないこともわかりました。
何しろ、COVID19で亡くなった方の数字すらつきつめると信用できない数字になります。もちろん、現象解釈ですから臨床場面での判断は尊重されるべきでしょうが、アウトプットやアウトカム側からの圧力で数字がかわってしまうとなるとそれは科学とは呼べないと思います。そんなことが平然と行われ、印象操作が「調査」と「調査報告」でおこなわれていることは、一度しっかり立ち止まって正すべきことだと思っています。
かわってほしいことでいえば、福祉や介護の現場でもたくさんあったのでは?と思います。
COVID19対策の中で、デイサービスやショートステイが矢面にたたされ休業、ということがクローズアップされましたが、その実は、ケアマネや相談支援のほんとうの意味での必要性を問われた気がします。
地域の中で、ほんとうに必要なサービスは何か、基盤にして前提にしていた社会状況を、withコロナで見直したときに、介護保険制度も障害者総合支援法も、「密接しなければならない」ということではなく、そもそも必要性があるのでしょうか。そのことを私たちは投げかけられているように思います。
しょうもない話ですが、会社がはんこのために出社されるという同じ文脈で、福祉や介護は極めてはんこ文化です。正直ばからしいですね。
ものすごくたくさんの無駄が介護、福祉にはありすぎますので、それはまた、別の機会に。
質問の時間のときに、川北さんに問いかけられた回答にみなさん???になったかもしれません。とくに、メゾ、マクロはなぜあんな回答にと。
私たちはこれまでもたとえば、こどもの教育をかたったりするときに、ノスタルジックに語っていた
「商品が自分たちにどうやって届くのかを学ばなければならない」「自分達の口に入るモノがどうやったできているのかを学ばなければならない」
といってきました。今回、都市部で生活、活動をしていてわかったことはどこまでも脆弱な市場流通システムです。
自分たちはサバイブできても、障害の重い方はサバイブできないとなったときに、食べるものも含めて、生活を委ねているシステムの弱さをやはり私たちは私たちらしく顔の見える関係性を構築することで、課題にむかっていきたいとかんがえるのです。
マクロな仕組みでボトルネックを解消するアプローチももちろん必要です。
東京や大阪などの都市はそもそもが感染症に弱すぎます。それを解消することを「地方へのながれ オンラインで仕事ができるなら、地方へ」といわれるでしょうが、おそらく、大きくかわらなければ、システムとしては動かないでしょう。それは先にふれた「都道府県」や「自治体の疲弊」もあります。いちばん、簡単にビックウェイブを起こす政策的方法は、全国一律の最低賃金保障制度をやれば、インパクトは起きるでしょうね。東京の最低賃金を46都道府県どこでも保障される。あとは、モビリティ(移動保障や物流保障)も大きな課題になるでしょうね。
当日の話以上のことをあまり多く書くのはこの連載としては適切ではないと思いますので、いったん、このふわりんクルージョンSDのシリーズはこれにて。


posted by 凸凸 at 07:00| 大阪 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月05日

ふわりんくるーじょんSD 当日のパワーポイントとお話しの内容(5)変わるべきは何? 変わらぬべきは何?(前編)

 先に触れたように、COVID-19で重症化するハイリスク群とよばれる層の人たちに対して、日本は「要塞化」することによってその方々を「護った」という論調がある。
 一方で、施設という閉じ込められた環境はそこにウィルスが入り込んだとき容易に集団感染が起こることを示す。それは日本ではじめて大規模感染をみたダイアモンドプリンス号の話をみなくても、各地でおこっているクラスターをみるとわかる。

By

ADA法ができて30年たっても、障害のある方が地域で暮らすことが保障されておらず、感染し死の危険にさらされる閉鎖された施設に障害者は閉じ込められている。そしてそれを無視して、 COVID-19を人々を強制的に施設に戻す口実として使用しようとしている。そうでははなく、障害があるすべての人々がコミュニティに住むのを助ける時です。

小規模分散化した暮らしこそ、実は感染リスクが低いことを私たちはかんがえなければならないのです。


新しい生活様式は ICFの思想とユニバーサルデザインから

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「新しい生活様式」が示されているが、
個人の行動様式の変容にだけ着目することの違和感をとても感じる。

また、盛んにいわれている行動経済学のナッジ理論によってのみ行動変容をうながすることの限界値は低いと私はかんがえている。

withコロナ
まず、環境を変える、環境を整える。

蜜をふせぐのであれば、そもそも都市は蜜。蜜の解消をどのように行うのか。効率化を捨てなければ、蜜は解消されない。

それは物理的な効率化だけではなく、時間の効率化も必要なのだ。

一例をあげれば、たとえば、コンビニ。
狭いコンビニの通路。ところ狭しと置かれた商品と棚。

それをユニバーサルデザインをもとに設計をしなおしてコンビニをつくってみればどうだろう。

買い物は計画的に→ならば、わかりやすい陳列棚、わかりやすい商品配列が買い物客の買い物時間を減らすことができる。
それがまさにユニバーサルデザインではないか、と思うのだ。

※当日の話は、ここでほぼ時間切れになりました。
このあとは、話せなかったことと質疑応答で出てきてお答えしたことを補足して(6)として、あげさせていただくことにします
posted by 凸凸 at 07:04| 大阪 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月04日

ふわりんくるーじょんSD 当日のパワーポイントとお話しの内容(4)私たちはまきこまれてはいけない

こうして私たちは「分断」させられようとしているわけだ。その「分断」の波に洗われていろいろなことを見えなくさせられ(ようと)している。

次の図をみてほしい。これは岐阜大学の下畑享良さんがfacebookで紹介していた図である。

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これは新型コロナ感染拡大の第二波の話ではなく、経済の話だけではない。
日本ではあまり議論されていないHealth分野の第2波、第3波、第4波の警告である。

(図1:@VectorStingのtwitterより)(引用もとを探したけど見つけられず)

「感染拡大の第2,第3波が心配されていますが,別の意味の「パンデミックの第1〜4波」も提唱されています
これはパンデミック後に経時的にもたらされる変化を指し,
第1波はCOVID-19の罹患と死による大きなインパクト,
第2波は医療資源不足によるCOVID-19以外の疾患患者へのインパクト,
第3波は慢性疾患患者に対するケアの中断によるインパクト,
そして第4波は精神的ダメージ,心的外傷後ストレス障害,バーンアウトといった時間とともに重くなるものです.

静かに進行する第3,第4波への対策が求められています.」

すでに、ここでいう第4波が日本でも進行しています。

緊急事態宣言の議論の中で、「感染防止」か「経済」という二つの天秤議論になってしまい。経済の話ばかりになっています。

しかし、バーンアウトや精神疾患の悪化、日常生活の変化についていけない方たちの精神疾患の発症、そして、自殺といった「Health」の課題が静かに進行しています。

すでに3月の時点でこころのケアについての発信は行われています。

ブリーフィング・ノート「新型コロナウイルス流行時のこころのケア」

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ブリーフィング・ノート「新型コロナウイルス流行時のこころのケア」日本語訳
「新型コロナウイルス感染症(COVID19)が世界的な猛威を振るい、日本のみならず世界の人々の不安が増大しています。このような不安に対し、適切な対応を行うためのブリーフィング・ノート(覚書)として「新型コロナウイルス流行時のこころのケア」がIASCから公表されました。IASCは災害や紛争など緊急時時に人道支援や精神保健・心理社会的支援などに関与する複数の国連機関の間で連携、調整を行う常設の委員会です。

こういったこころのケアについての発信があるものの、不安定さは増しています。

今現在も行われている国立成育医療研究センターによる

「コロナ×こどもアンケート」

 の中間報告。

こどものこころへの影響は?
 第1位「コロナのことを考えるとイヤだ」(39%)
 第2位「さいきん集中できない」(35%)
 第3位「すぐにイライラしてしまう」(32%)

おとなも
・大人のストレスも問題
 保護者の方ご自身のストレス解消があまりできていないと回答された方が62%いました。

こどもたちのこころのケア、そしてまわりの大人のケア、静かに進行しているわたしたちのこころの破壊。

それは専門家をのみ頼ることのみ解決できるのではなく、上のプラミッド型の図にあるように、基本は安全安心な生活とインフォーマルな社会的集団のむすびつきと活性化が基礎にあるものです。
なおさら私たちは、【差別による分断化】にまきこまれてはいけないのだと思うのです。
posted by 凸凸 at 06:55| 大阪 🌁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月03日

ふわりんくるーじょんSD 当日のパワーポイントとお話しの内容(3)−「分断化」される社会

その3です。その1はこちら その2はこちら

 COVID-19の対策として登場した
「ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)」「ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)」
(注:WHOはすでに、「フィジカル・ディスタンス(身体的距離」「フィジカル・ディスタンシング」(身体的距離の確保)」に言いかえている)。
その典型的な「対策」の柱=「人と人との接触をさける/距離をとる」によって、私たちの「関係」は分断された。

物理的な関係性、例えば、人と人の身体的な接触、対面での会話、グループでの会合、そして、自由な移動を断ち切られた。

ドイツのメルケル首相が−旧東ドイツ出身者らしく−国民にむけた演説を覚えている方も多いだろう。

「移動の自由を苦労して勝ち取った私のような人間にとって、こうした制限は絶対に必要な場合にのみ正当化される」

COVID-19はいろいろなものを「分断」した。

(ウィルスは目に見えないから、ウィルスそのものが私たちの社会を分断したわけではない)。

「どのようにして」分断したのか?を問うのか、
それとも「何が分断されたのか?」を問うのか?
それとも、「何がどのようにして分断されているのか?」を問うのか。

実はこのことに、私たちは恐ろしいまでに無自覚である。
なぜ分断されているのかを明確に語ることができなくなっている。


メルケル首相は同じ演説で次のようにも言った。
「困難なときにこそ人にいてもらいたいものだが、現時点では逆効果」と語り、直接会わずとも「愛情や友情を示す方法」を探すよう呼び掛ける。電話や手紙を使った疎通も挙げ「人を孤独にさせないさまざまな手段がある」と、支え合う大切さを説いた。

身体的な距離が離れることが、イコール、社会的な距離をとることではない。

はずなのに・・・

単一化された「正しさ」の蔓延化している私たちの社会は、まず、感情的な分断に陥った。
おそらく日本では、とても早い時期に、(日赤のいう)第三の感染(差別)がすすみ、感染者=悪者という分断が訪れた。
不安はすぐに蔓延し差別行動が侵食した。

 悪い行動=「悪魔の巣窟」で出入りをして感染をした悪者である。
 あたりまえの話であるが、いつどこでだれからもしくはどこからこのウィルスに感染したのか?を特定することは、いまの時点でもCOVID−19については、できないのだ。それなのに、感染者は「悪者」である。
生物学的には感染することそのものは平等に起こる現象である(現時点の知見に基づくと)。それなのに、なぜ感染者は悪者になるのか?

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一般的に、【感染症】は社会的な要因を多く含むと言われている。
歴史的に、私たちの世界は都市化により、感染症の蔓延とその「戦い」の激しさを増したともいわれる。
感染リスクは、貧富の差による不平等、経済格差、密集した住宅環境、衛生状態、きれいな水へのアクセスにより大きく変わる。
covid-19でもそれは変わらない。一般的な感染症とリスクは変わらず、貧富の差による感染症リスクの差は厳然と生じている。
もともと、貧富の差が激しくなっている日本において、簡単に分断が起こったとも言える。

そして、covid-19においては、重なるようにどんどんと分断が起こる。それも日本社会の【そもそもの】問題を顕在化させながら。
貧富の差は見えづらかった状況からはっきりと感染リスクにより「見える化」されたのである。

欧米では「essential worker」と、「社会をささえる」と賞賛されるほどの仕事の人たちは、通勤を逃れて在宅ワークをすることもできず、感染リスクにさらされる。医療職特に看護職や介護職は差別の対象になり、飲食や観光などのもともと非正規労働者が多かった業種の従事者は仕事を失ってしまった。すでに見えていた貧富格差ではなく、見えなくなっていた経済的な格差による分断が現れた。
(注:欧米でももちろんessential workerがすべて賞賛されているわけはないという指摘もある)

 covid-19により各国で行われているロックダウンは、健康の不平等化をすすめると指摘される。
そもそもcovid-19でハイリスクグループに属する人たち(高齢者、基礎疾患有者、など)は、健康の不平等化にさらされるグループと親近性がある。
 ハイリスク・グループは、「彼らを守れ」という旗印に、さらにロックダウンをさせられる。
 施設は「要塞化」し、地域のハイリスク者は日本社会の「同調圧力」によってロックダウンさせられた。
*高橋泰氏の発言「
エビデンスからみた新型コロナへの対応―第2波に備え医療態勢をどう整備すべきか―

 同時に、ハイリスク・グループをケアするものは、副次的にそのグループに属させられる。
インクルーシブや共生と言っていたものが、分断化されてしまおうとしている。高度に医療化した中での「正しさ」によって。

 日本は超高齢社会である。こんな分断化をしてしまえば、どうなるか?
それは、ハイリスク・グループを家族や知り合いに持たない一部の富裕層のみが支配する社会の誕生を示唆する。
抗体検査のパスポートを持たずとも、社会の分断化により彼らはさも「未来へのパスポート」を手に入れたように振る舞うことができる。

 しかし、さらにそれは表だっては現れない。「建前社会」の日本では、心に血を流すような精神的なストレスを(自覚したり、わかっている人は)いま負っている。この社会の生きづらさを感じ、なんらかの可能性を感じ、行動し、生きている人間に対して、透明人間が鎌をふらうように分断化を断行している。

 それはかろうじて、支え合って超高齢化社会を生きてきた人たちに、M・フーコーがいったような「生権力」を使って分断を行っている。
「生きることが正しい。生命を守ることが正しい。それをあなたはなぜ否定できるのですか?」と。
「あなたの大切な人の生命を守るために必要だといわれていることに、なぜ否定するような行動をするのですか?」と。
「政治」が私たちの私生活に深く侵食している。

 ことばを変えていえば、もっと簡単だ。マスクをつけてられない、家に健全にいること(オンラインで人と交流ができる、など)ができない人は、正しくないのだ。そして、「死」も権力外になり、サービスとして消費されていく

 わたしたちは見事にM.フーコのいう「施設」でもドゥルーズのいう「高速道路」でもなく、見事に「透明な箱」に閉じ込められ管理され(あっ)ているのかもしれない。
(参考:「コモン/ウイルス」水嶋一憲 『現代思想 vol.48-7 2020年5月号所収)
posted by 凸凸 at 06:16| 大阪 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月02日

ふわりんくるーじょんSD 当日のパワーポイントとお話しの内容(2)「私たちは『高度に医療化』した社会にくらしている」

その2です。その1はこちら


高度に「医療化」した私たちの社会というと、勘違いをされる人もおられるかもしれないが、ここでいう「医療化」というのは、社会(科)学で使われる「医療化」で「高度医療」がある社会という意味ではない。

一般に、医療化−Medicalization−した社会というのは、簡単にいうと

「現代では健康への関心が高く、具合が悪ければ病院に行くという行動も進み、人の誕生から死まで、多くの問題が医療の対象となっています。 これまで医療の対象ではなかった身の回りの問題が、医学や治療の研究・対象となることを、「医療化」と呼んでいます。」
(一般的な説明としてはこの大学の先生のいいまわしがわかりやすいでしょうか)

学術的にはwikiからひくのは反則だが、ここではそれが本題ではないので、医療化に興味をもたれるかたは、wikiを参照してほしい。
私がここでとりあげた文脈は、簡単にいってしまうと、イリイチの「脱病院化社会」が論じた社会である。

しかし、イリイチが言ったような「医療が帝国主義的に社会を支配する」という現象だけをさしているわけではない。

 今回のコロナ禍で日本において見えてきていることのひとつは、実はパンデミックによっておこったことではないように感じている。

 私たちの日常的な生活(ここでは、コロナ前中後含む)がいかに「医療的な情報」に侵食されきっていたのかということが「白日の下にさらされた」と感じている。侵食なのだ。浸食ではない。侵され食われている。

それは、医療の社会学で言われる日常的/医療の対象でなかったものが医療の対象になる、というレベルではなく、
それが科学的であろうとなかろうと、エビデンスがあろうとなかろうと
「医療的な情報がすべての判断より優位になるという」権力(おそらく 生権力=M.フーコにあたるのかもおもう)が
私たちの世界に厳然と存し、すべてに管理的であり、優位になっている。

それは「医学的に証明されている」ことなのか?

TVで、○○というお医者さんが言っていた

そのことがすべてに優位になっている。
もちろん、今回の「専門会議」が政治的主人公になり、「医療が政治的にも優位である」という【ショー】を作り出した日本社会のことも含んで揶揄している。

*****
そして、注目しなければならないのは、
そこには、医療者、医療従事者という「人」はいない。「権力的な医療的なもの」があるだけです。
−最前線で戦っている−とされいわれるお医者さんや看護師さんはいないのです。
?この構造では、医療者は「モノ」でしかありません。机の上の「1」という数字でしかありません。

もう一つは、
コロナ前から言われていた日本の病院依存?がはっきりとーみえた?のかもしれません。

今回のパンデミックの中で、「病院がもっとも感染リスクが高い」ということが言われ、みんな病院に行かなくなりました。

一部では、まことしやかに「いまが適切な日常的な医療アクセス頻度ではないか?」といわれるようになりました。

日本がずっと悩んできた(高齢化社会の中で医療費がかかりすぎる)
医療(病院)アクセスがよいがゆえの
過剰な「医療(病院)への依存」が、オンライン診療の導入もあいまって適正化されているということも言われています。

ただし、これは二次的、三次的にどうなっていってしまうか、という課題はありますし、予防接種の未接種率、検診の未受診も増えています。
単純には、結論づけられませんが、ひいては、地域の医療システムの問題ともあいまって、みえてきている課題ではあります。
これは話の中ではできませんでしたが、(地域)の医療計画が実は、数的な病床コントロール計画であり、機能的に計画が作られていたわけではないということもわかったきたような気がします。

posted by 凸凸 at 07:04| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月01日

ふわりんくるーじょんSD 当日のパワーポイントとお話しの内容(1)「私たちは感染している」

5月30日(土)ふわりんくるーじょんSDが終わりました。
当日のリアル視聴が310人を越え、システムを担当くださった霞ヶ関ナレッジスクエア(KK2)も未経験領域だったそうです。
観ている方も音声が飛んだりということもあったようで(1部、2部は私も経験)、2週間くらいあとに観ることができるようになるアーカイブ配信でみていただければと思います。当日、観ることができなかった方も、特に私としては2部の川北秀人さんのお話しから地域を見る視点、これから何をしていかなければならないかを考えていただきればとおもいます。

2週間後、再び、全国的に感染が蔓延しているのか、それとも局地的な感染にとどまっているのか、こればかりは未来を予言できるわけではありませんのでわかりませんが、楽しみに、また忘れずにおまちいただければと思います。

さて、今回のふわりんくるーじょん。毎年冬に行われているプログラムです。今回の主催人である戸枝陽基さん(たち)がはじめて昨冬で10年。このブログでも http://totutotu.seesaa.net/article/472768376.html
http://totutotu.seesaa.net/article/472872975.html

で、このプログラムのシンポジウムはだいたいが時間不足で、わーと拡がって、課題を共有してみなさん、考えてね。というスタンスです。
そして、今回も同じくそんな感じ。また、私へのオーダーも決まっていて「違う切り口」「違う視点」をもってきてほしいというオーダーになっています。
今回は特に、ミクロからメゾ、マクロへの視点を時間軸 すなわち、コロナの前からみえてきていて、それがコロナではっきりしてきて、今後どうはっきりしていき、それをどう考えていくか?ということでした。
個人的に、話をしたいことを話ができないのもこのプログラムのトミタ個人の思いだったりしますが、まあ、それは仕方なく。こんな時代になったので、またそれは別に。

15分の枠でお話しができることも限られていましたし、今回のシステム上、パワーポイントを手元配信ができなかったために、情報量をかなりしぼって作り直したので、それも含めて、公開していきたいとおもいます。
5つの単元だったので、今回をふくめて5回。+シンポジウムの後半で話をしたり、他の方の話をきいて付け加えたいことの回を作って6エントリーになると思いますので、よろしくおねがいします。

そうそう。KK2にせっかく登録してくださったみなさん。
1部の聞き手の山口久美さんが自閉症についてのお話しをしている動画があります
ぜひ、どうぞ。

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1.私たちはすでに感染している

この4ヶ月(2020年の1月から)私自身が感じてきたこと。
ウィルスそのものの情報をみながら、二次的、三次的に見えてきたもの。
ウィルスの専門家でも感染症の専門家でもないわたしたちが、自分たちの専門にしているはたらいているかかわっている分野で。
そして、一生活者として感じること。

自分たちで自分たちを管理できない人たちとの毎日のかかわり。重症心身障害の方や行動障害のある方とのかかわりは密着、密接の毎日。
生きづらさをかかえている人たち、精神障害者の人たち、そして、毎日のリズムをかえることが難しい人たちにかかわる中で、コロナ対策でいわれることは絶望しかない。なにも手に入らず、米すらもパニックでなくなってしまうかもしれない都市の恐怖。


COVID−19パンディミック(以下、パンデミック)がおびき出してきたもの、白日の下にさらしてきているもの。
そして、分断化された私たち。特に自覚されたし、今後を考えないといけないと思ったレポートがこれ

There will be no 'back to normal'

イギリスNESTA(科学技術芸術国家基金)が2020/4/9に出したレポートである。
日本語で紹介されているのはこちら
https://okuranagaimo.blogspot.com/2020/04/blog-post_18.html?m=1&fbclid=IwAR2mnw3tfQQJ36QIejgy5aCub3ZRnFMiBNe7GNZvHp8cnMH-9D_EG-uMPDI

そして、感染リスクにより分断されるだけではなく、日本はCOVID−19のウィルスが蔓延する前に、パンデミックがおこり、みんなが感染してしまった。

すでに日本社会は「新型コロナウィルス」に感染してしまっているのだ



 3月26日、つまりは緊急事態宣言がでる前(現在では、もっとも感染が高くなっていた時期といわれている)にこの警告はでてきていて、負のスパイラルをたちきろうというメッセージがでている。

しかし、東京や大阪の知事の大号令と緊急事態宣言によって「不安」から「差別」へのスパイラルは増長した。

 皮肉なことに、日本型といわれるこの「日本の新型コロナウィルス感染症」は、
 一部の外国メディアで「奇妙な」成功といわれているともいわれ、
日本の医者たちまでもが、この第一波がいったんおさまりつつあるのは、「日本社会特有の『同調圧力』である
」といいはじめている!

 社会の「同調圧力」が仮にこの新型コロナウィルスを一時的にでも押さえこめている要因だとするならば(そんな非科学的なことと突っ込みたくなるが)、
すでに、私たちは差別という第3の”感染症”=「差別」に深く感染しているということもできるように思う。


posted by 凸凸 at 07:17| 大阪 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする