2008年07月24日

ポスト・ボランティア・バブル(3)

 これまで触れてきたように、一定、社会的に「ボランティア」という行為が厳密でない形で位置付けられて、市民権を得てきていると考えた時に、ボランティアの数を統計的に推計し、センターの評価をマッチングの数で競うことの意味は減少する。90年代のボランティアバブルは終了し、ある意味、「ボランティア」が根付いた社会が私たちの存する社会なのだと思う。
 もちろん、それは90年代以前にボランティア推進をすすめてきた人たちが思ってきた「もの」ではない。最近の「エコ」や「フェアトレード」のような一過性のブーム的なものが、マスメディアを媒介にして繰り返し行われていく中で、「ちょっといいこと、ちょっといい人」的な心理行為を劇場的にあおられていく危うさを感じずにはいられない。そこにあらわれるのは、白か黒か的な二項対立の選択肢ばかりであり、単純化の構図である。そこに覆い隠されている多くの問題は、問題としてすら認識されてこず、舞台に上げてもらえない。
 2000年代になり多くのNPOが、自分たちの力でボランティアを集めて行くための手段を手にしている。それがインターネットであり、情報化社会である。また、ボランティアやNPOの社会的認知が高まって行く中で、ボランティアセンターを介さなくても募集する土壌はできつつある。。。。と言われる。
 現実の社会の状況を見れば確かにそうだ。しかし、ほんとうにそうか?単に社会のグローバル化、情報化、市場化に飲み込まれているだけではないか?それらの方法論すべてを批判するつもりは毛頭ないが、ボランティアセンターも含めた私たちNPOが、違うチャンネルでオルタナティブな方法論を改めて論議する必要がないか。そんなふうに感じている。
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2008年07月23日

ポスト・ボランティア・バブル(2)

 ボランティアということばを使うかどうかは別の議論があると思うけれど、以前ボランティア推進をする機関やボランティアに関係する人たちは、「いかにボランティアを探すのか」という一点にのみ腐心していたような気がする。つまり、ボランティアがほしいというありとあらゆる分野からの要請に対して、いかに興味をもってもらうのか、いかに活動をしはじめてもらうのか、という点にほんとうに力を注いだ。講座を開し、情報誌をつくり、講演にいき、いかにか、広げる努力をしていた。その構図が全くなくなってきたわけではない。しかし、その構図はかわりつつある、というよりかわってしまった。
 ・ボランティアをしようと思う人たちが功利的になった
 ・インターネットなどのコミュニケーション手段の発達により、情報が安易にえられるようになった
 など、いろいろな原因が考えられるだろう。
また、ボランティアをするひとたちの主体性の低下というのもここ数年よく語られることの一つだろう。
 しかしながら考えてみると、ある一定の形をもってボランティアが進んだということが言えるのかもしれない。ボランティアということばの意味が広がり、形態が多様化し、ボランティアをする側の参加の意味づけが一定の市民権を得たということができるように思う。ことばをかえれば、「ボランティアを求める側」の論理ではない「ボランティアをする側」の論理が確立したように思う。1990年代はじめの「いつでも・どこでも・だれでも」ボランティアをや、2000年代に入ってからの「チョボラ」のように、本来的なボランティアの意味=「狭い意味のボランティア」とは一線を画した社会的な活動としてのボランティアが日本の社会の中で確立したように思えるのだ。その背景はこれまで述べたこと以外にもいろいろと分析できることがあるだろう。しかしここでしっかり認識したいのは、旧来型のボランティア推進の方法論ではだめだということであり、推進機関は、もっとはっきりしたかたちで、自分たちの役割を位置付けるべきだということである。個人的には情報センターのようなものと、エンパワメント教育的なものに特化するしかないように思う。
 社会的な評価の基準が仮にそこにおかれたときに、そこに求められる人材がわかってくるようにおもう。
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2008年07月22日

相談支援でどこまでできるというのだ

 先だって、相談支援事業所の知り合いが、ある研修会で、相談支援と地域自立支援協議会についてのテーマで、元の厚生労働省の専門官で現在大学の講師をしている方の講演を聞いたそうな。
 その講演の中で、相談支援員死ぬ気で頑張れ!とエールを送ったそうである。

 ふー 死ぬ気でガンバレか
 
 障害者自立支援法の中で、やってみると分かるが、相談支援はキーになっている。車で言えば、時にエンジンになり、時にハンドルにもなる。しかし、おかしい。その相談支援にエネルギー=ガソリンを送る仕組みが、障害者自立支援法にはない。いまの世の中と原油高と一緒だ。相談支援は青色吐息である。

 いくつかの団体なりの調査で明らかになっているが、相談支援事業所ひとつあたりにきている補助金は減っている。国は地域生活支援事業になった相談支援についての経営の調査すらしない。
サービス利用計画については、ふざけた絵図をかいたことすら自覚していない。だいたい、このサービス利用計画の対象者増を把握する気があるのか?月、1、2回のモニタリングですむわけがない。
 住宅問題、貧困問題、虐待、DV、金銭管理、山ほどの生活課題、狭い意味の障害者サービスなど役に立たない。リスクを全部ひきうけての生活支援。いくら仕組みやシステムを作っても、結局はパワーゲームになっている。
 
 この暑さ。熱中症で救急車で何人運ばれた、何人死んだ。だれもその生活背景に迫らない、感心をもたない。ただ、暑さにだけしか感心をもたない。ここまでの暑さやひどい寒さも自然災害だ。社会的に弱い人により災害を強いる。

くそ!
無力だ
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2008年07月20日

地域でのネットワーキング論の技術?

 たまたま、ある掲示板で紹介されている方がいて、かの白澤政和大先生がBLOGをやっておられるということで、のぞいてみている。

 すると、最近の話題が「地域でのネットワーキング論 必要な技術」とか・・・

 大先生のおっしゃることはおっしゃることとして、
 思わず、
  「ネゴシエイトは?」と一人つっこみをしてしまいました。

 私の地域でのネットワーキング論の中での必要不可欠な技術は
「ネゴシエイト力」ですね。
 もちろん、教科書にはのりませんし、のせられません。ハハハ

 あ。白澤大先生何回か末席で一緒に仕事させていただいたことがありますわ。でも、覚えておられないと思いますし、特段、かかわりはありませんので。あしからず???o?p
posted by 凸凸 at 17:26| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月19日

ポスト・ボランティアバブル(1)

 一昨日、ある方と話をしていて阪神淡路大震災後の日本社会においてのボランティアの変遷みたいな話になった。
 僕自身、いまは研究としては、ボランティア論みたいな議論からは遠く外れているし、正面きって議論できる立場でもなし。だけど、日々の活動の中から感じていることもあるし、興味のある話である。
 ここからは、多分に独りよがりな議論であることをお断りした上で
かつ、ボランティア論はみる立場や方向性によって全く違う話にもなることも話の前提として、でもあえて、阪神淡路大震災前後をボランティア・バブルとして位置付けて議論をしてみます。
 
 いまから振り返ると、日本のボランティア関連分野の中で、この15年は激動の15年なのだと思います。いまや、定義づけることの意味すら、ことさら語られなくなった「ボランティア」の意味や意義。原則論は「古典的な」という表現で語られるほど、実態やイメージが先行したということができるのでしょう。
 ボランティア推進機関のスタッフたちは首をかしげる「ボランティア活動者の年次増加」という現象は、単に統計上の課題と片付けるには乱暴すぎるように思います。日本の社会に、自分自身、もしくは他者から「ボランティアです」と言われて、何らかの社会参加活動を行っている人たちの層が、いろいろな場面に定着してきているのだ、と考えてみる必要があると思います。
 それこそが、ポスト・ボランティア・バブルの社会現象なのではないでしょうか。
 特に福祉分野を中心とした日本のボランティアセンターは、これも特徴的な社会福祉協議会という半官半民機関に付帯する形で、発達してきました。それゆえに、民間のボランティア推進機関にの人たちの主張してきた「自発的なボランティア」の人たちのボランティア活動の推進と共に、地域組織の中での地域活動を昔の自治会活動とは別の形で行うという活動の形を喚起してきた歴史があるように思います。ちょうど、社会福祉協議会がふれあいのまちづくり活動などで、福祉の観点から地域活動の形を変えて行こうとして、施策展開を本格的にはじめたのが90年代です。
 特に、小地域でのふれあいサロンづくりが全国的に広まった90年代の後半からは、着実にそういった「ボランティア」が増えているように思います。
 2000年代に入ると、インターネットの発達によって、ボランティアセンターの情報データーベースの充実への取り組みが始まります。結果として、仲介機関の存在そのものを揺るがすことになってしまったこの現象の端は、おそらく阪神淡路大震災の時の災害ボランティアにあったのだろうと思っています。支援のニーズを簡素化し、ボランティアをしたいという方の思いを尊重し、マッチングする。そこは、情報の交換という単純化された構図であり、インターネットの相互方向性を生かす仕組み作りのベースができたように思います。皮肉にも(?)そのシステムを現場から作り上げた人たちが、いま自分たちのアイデンティティをそこのことによって、揺るがされるようになっていると私は思っています。
 極論すれば、ボランティア・コーディネーターをおく仲介組織としてのボランティアセンターはいらなくなったのです。
posted by 凸凸 at 21:46| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月17日

遊びが社会を変える?

先週のインキュ(1)のミーティングで「ち?L」が報告してくれた6月末にあった冒険遊び場づくり協会のシンポジウム。講演:嶋村仁志(IPA東アジア副代表・NPO法人日本冒険遊び場づくり協会理事)
の中で語られた「遊びはこどもの権利」っていうことばにとても興味があって、いろいろサイトを調べたりしている。世界ではじめて、そのことをしっかり制度的に位置づけたのはイギリスのウェールズらしい。いま、ウェールズのサイトを一生懸命、その条例をさがして調べている。http://new.wales.gov.uk/?lang=en
 子どもが遊ぶことにどう大人が介在するのかっていうテーマって、おもしろい。冒険遊び場の理念はその一つのキーなのかもしれないけど、もっともっとふかい気がするし、考えてみるとおもしろい???[???i?????????j

(1)インキュとは、寝屋川市民たすけあいの会の中のスタッフセクションの名称。正式には「インキュベーション・セクション」。
posted by 凸凸 at 13:08| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月05日

大学時代

 2回目の成人式を迎えた今年。いろいろな意味で、区切りの年なのかもしれないと思い始めている。
 
 大阪で生まれ育った私は、縁あって、富士山の麓の小さな公立の大学に進学をし、その小さな田舎町で、大学4年間のキャンパスライフを過ごした。別に、哀愁漂い、そのころを懐かしむわけでは決してないが、中学、高校、大学とその時々に過ごしてきたことの原点に立ち戻ろうとする気持ちはいつも持っていたいと思う。
 特に、30代。特に30代の後半。気がついてみれば、中学のときの「重症心身障害」をもった「彼」との出会いと、高校の時のいまでいう作業所づくりの運動との出会いのことが、どっしりとこのときに、影響し、その狭い福祉の、その中でもさらに狭い障害者福祉の世界にどっぷりと埋まっていたような気がする。
 たいへんなことが次から次へと押し寄せ、余裕がなくなり、その世界だけで生きてきた。
 いろいろな興味や、時間の使い方を抑圧し、自分の心の中に押し込めていた。
 区切りの年を迎え、少しずつ興味の解放を始めると、いろいろなことに、興味があった自分を取り戻してくるような気がする。
 それが、大学時代。

 2度目の成人式。奇しくも1度目の成人式のころのような気持ちを取り戻そうか。
posted by 凸凸 at 17:57| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月04日

最近 外に向いている気持ち

 最近 気持ちがいろいろな意味です少しずつ外に向いている。
ここでいう「そと」はいろいろな意味があるので、想像していただきたいが、今日は狭い意味での福祉以外ということにしておこう。
 
 とみたは、もともと大学で社会学を勉強していた。環境とか、文化人類学的なことはもともと興味があったし、そのことで、いろいろな興味に行動していた。
 「まち」や「地域」を知るための方法論や視点はそのときに勉強していた。自分が地域をベースに活動を続けて行く中で、狭い意味の福祉だけではなく、生活をベースにして考えたときに出てくるいろいろな視点の活動に再びいま興味が戻ってきている。

 環境、多文化、農、食、まちとむら、難民

 いま、暇が出ると、いろいろな地域の文化を調べる。
 例えば アイヌ文化

 人と人のつながりで、地域ができているのだから、その人と人のつながりを、いろいろな側面から興味をもちたい。

 あと、ソーシャルワークって、福祉の方法論だけど、例えば、外国の地域のセンターの人ってなんて言われたりどんな方法論をつかっているんだろう。カナダのトロントに行った時にみたコミュニティの中のrigion centre。あそこではたらいているひとはどんな人なのだろう。
posted by 凸凸 at 07:20| 大阪 ????| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月30日

30周年記念講演会終了

 昨日、30周年記念講演会が終了しました。
 
 100人くらいの入場者の方に来ていただいたと思います。(最終のカウントはまだですが)。
 
 遠くは、新潟や愛知などからきていただき、私たちが存じない方もちらほらきていただきました。

 ありがとうございました。

 当日の資料や模様などは、また、たすけあいの会の方のホームページに、明日くらいにはあっぷできるかと思います。
posted by 凸凸 at 11:36| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月25日

30周年記念講演会 寸前?!

 来週の日曜日が寝屋川市民たすけあいの会の30周年記念講演会である。
 まわりからは、「準備たいへんでしょう」と言われ続けて・・・。

 さてさて。
 
 今回、いろいろあります。
 おそらく、現行の寝屋川市民たすけあいの会として、これほど大きなイベントを行うことはこれで最後になるのではないでしょうか。

 申込みもとっていませんし、マスコミにはずいぶんアクセスしたのですが、ほとんど取り上げていただけなかったので、いったいどれほどの方にきていただけるのかわかりません。身内だけになるのか、それとも・・・。

 ある意味、たすけあいの会的な記念講演会とシンポジウムになると思います。

それがみなさんにどう響くか、伝わるのか
どうでしょう。
ほんとうに無事に終わって欲しいというモードになっています。

正直なところ、今回ほとんど事務局は一人でやっている上に、自分もシンポジストとしてあがりますので、当日来て頂いた方にもとみた自身はなかなかごあいさつ出来ないかと思います。
前にいっておきます
すいません?h?R??????
posted by 凸凸 at 22:51| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする