2016年07月09日

マクロとミクロのあいだに

日本において「地域」は。マクロとミクロをつなぐメゾとは。

communityもlocalも「地域」。「地方」はもともと「国」に対してのことばではなかった「ぢかた」。

近世にて、移動を制限された民が、一定のルールの中で、労働生産性や生産性を高めるために集団(group)にて構成されたlocalな「クニ」。それは税の収集の仕組み。

それが、近代日本の「地域」の素。家族は素ではなく、「地方(じかた)」=生活集団としてのcommunity=「家族」との一定の連続性。familyではない、まさに漢字の意味そのままの「家・族」。

近代日本は、税の収集の仕組みをlocalな政府から中央国家に再編し、精神的に「家族」を国家レベルのイデオロギーとして結びつけた。ありもしない「大家族」をでっち上げたわけ。

こういう日本の近代史、そして、戦後の現代史の中で。

再度、マクロとミクロのあいだは?という問いかけを。実践者として意識する必要があると思っている。

ミクロ(一人や数人のケース)から、マクロにアクションを起こすことはできる。
ミクロからメゾにもアクションを起こすことはできるはずだが難しい
そして、メゾからマクロへのアクションはもっと難しい

だから、とくに社会課題については、ミクロからマクロにジャンプする。
マクロからメゾレベルの政策を変える方が容易だから(もちろん、マクロ アクションはたいへんですよ)

でも、メゾは?
ミクロからメゾ、メゾからマクロにつながるアクション

ミクロからメゾ マクロからメゾ
メゾをどうして変えていくのか。その課題にきちんと向き合おう
posted by 凸凸 at 07:13| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする