2019年08月11日

まさに「いま」の時代に求められている NPO法人のマネジメント論、実践

「NPO(法人)が戦うべきは社会課題である」某有名NPO法人のリーダーたちがよく使うフレーズである。

1990年代に、日本に入ってきた「NPO」というコンセプト(としか私はいまだに思っていない)は、1998年の特定非営利活動促進法の制定のあと、2000年代に入り、特に介護保険の制度化によって、福祉介護分野で一気にその数が増えていくとともに、さまざまな分野で00年代に日本で広がった。そして、2011年の東日本大震災を経て、そのことばは市民権を得たと私は思っている(いろいろな方がいろいろ言っている)。

00年代に、NPO法人が広がっていったもう一つの要因は、行政サービスの下請け化=指定管理の促進だともいえると思うし、それによって、指定管理をするだけのためのNPO法人の設立も多かった(いまは、営利法人が一定数うけている)。論点が少し広がるが、00年代は、まだ行政サービス、公共サービスは、営利企業が行うべきものではないという市民の声が一定以上あり(もちろん、いまもある)、それゆえに、NPO法人という一見、公共性が担保される「非営利法人」が指定管理先として期待されたということもあったように思う。

さて、そういった時代をして、NPO法人は現時代に存するわけであるが、「アメリカの10大NPO」ではないが、日本にもかなりの経営規模をもったNPO法人が存在するようになった。NPO全体としては、内閣府の統計をみても、年間予算100万円以下の法人も多く、職員も5人以下の法人が多い。他方、1億円以上の法人は5%程度である。一般にNPO法人は経営規模をして、3極化しているなどと言われたりしている。

しかし、私が思うには、そういった旧態依然の論点からそろそろ抜け出ていくべき時代に入っているように思っている。

文頭に引用した「NPO法人は社会課題に立ち向かう」というスローガンはわかりやすく感じるかもしれないが、実はこれはとても難しい。

たとえば、「社会課題」と言ってもそのことが、「社会課題」であると誰がどのように規定し、その解決方法はだれかに規定されるのか否か。

そもそものNPO論で言えば、民主主義社会、市民社会における「市民」が「自分ごと」として、その「社会課題」を規定し、共有し、そして、解決にむかうためのアクションを行うという「リクツ」だった。
もちろん、その「リクツ」に愚直に向き合おうとしているNPOも一定数あろう、が、今の日本に、「その」民主主義社会もなければ、市民社会もありはせず、前提そのものにたちむかわざるをえないという根本的な構造的矛盾に苛まれる。

それどころか、いまや新自由主義社会の中で、「社会課題」の設定が、政治的、イデオロギー社会的になり、一定の価値観の中で規定される危険性は高まっている。いわゆる「ソーシャル・インパクト」の議論の危うさは、まさにここにあるように感じる。
ソーシャル・ベンチャーということばが示すように、市場論理を活用して、社会課題を解決していくという方法論は、最終的にはその組織が非営利性をもつ必然性を排除する。辛辣にいえば、その際に使われる「非営利性」という「看板」は、その社会課題が政治的、体制的であることを覆い隠したり、緩めたりすることに使われさえする。

さらに、いまやCSRは、さらに「世界的」なSDG’Sのスローガンは、マクロな体制的、政治的な対立や抵抗を、形式的な社会的な発言(いわゆるポリコレ)に収斂させる。

こうして、私たちは手段を単純化させられ、90年代の形骸化した議論を続けるか/経営的手段が市場化されることをよしとせず、小規模・ミクロ化するか/労働運動化するか、という選択肢くらいしか、リーダーたちに提供できなくなった。

組織としての適正規模をコミュニティ診断を基に自らで規定し、経営的な拡大を放棄し
自分たちが取り組む社会課題を科学的に、かつ、民主的に、そして当事者性をもって説明し
そのことを、自らが取り組みコミュニティだけではない、ことを広く発信をし
かつ、3つの財、それぞれで参加とアクションを担保していく

そういったNPO法人のマネジメント論、実践はないものか?

せつに望む



posted by 凸凸 at 15:06| 大阪 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月09日

【『人間としての尊厳』再考 〜Scandinavian Democracy というプリズムを通してみる日本社会のひずみ 〜 】二文字理明さん(大阪教育大学名誉教授)さんをおよびしての研究会 定藤記念福祉研究会連続研修会9回目

障害者福祉と地域福祉のリンクを志向し、研究とともに西宮の青葉園をはじめ各地の実践を支援してこられた故・定藤丈弘氏(大阪府立大学教授)の遺志を受け継ぎ、当事者、研究者、実践者、障害者福祉に関心を持つ人たちをつなぐ「出会いの場」の役割を果たすよう、研修会やホームページ・メーリングリストを通じた情報発信などを行っている定藤記念福祉研究会では、「障害者運動・障害者支援、地域福祉を考える」をテーマとした連続研修会を、西宮市社会福祉協議会地域共生館の「共生のまちづくり研究・研修所」のご協賛をいただいて開催しています。

第9回は、大阪教育大学名誉教授の二文字理明さんを講師にお招きし、下記のとおり開催したします。

二文字先生は、大阪教育大学で障害者福祉の教鞭をとられた後、長くスウェーデンで研究を続けられ、4年前に日本に戻られました。スウェーデンの障害者政策などの研究・報告はもとより、レイフ・クリスチャンソンの絵本の翻訳などでもご活躍されています。今回の研修会では、【『人間としての尊厳』再考 〜Scandinavian Democracy というプリズムを通してみる日本社会のひずみ 〜 】と題してお話しいただきます。現在のわが国の社会情勢や障害者支援の状況等に向けて、長年にわたるスウェーデンでの研究と生活を通した、鋭い洞察に基づくお話が聴けるものと考えております。

この連続研修会では、講師の方のお話とともに、参加者のみなさんも交えた質疑をしっかり行い、理解と思索を深めたいと考えています。多くの方のご参加をお待ちしております。


https://kokucheese.com/event/index/571040/
posted by 凸凸 at 20:24| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする