2016年11月18日

これまでの20年これからの20年(1)

 2000年に介護保険がはじまってから5期15年がたち、もうすぐ16年目がすぎようとしています。
日本の「社会福祉」制度にとって、劇的な変化・ターニングポイントとして語られる介護保険の制定は、いよいよ次の段階に入ろうとしているように見えます。もちろん、政治的な視点を欠かすことはできません。民主党政権下の話をどう評価するのか、いまの政治的な流れをどうみるのか。
 しかし、社会の流れとして、世界的な政治的な流れではなく、世紀がかわってからの15年。日本の「お得意な」外在的な影響ではなく、内在的な要因からの社会構造の変化をきちんとキャッチアップできずに、また、有効な対策を打てずにここまできていることはしっかり認識をしておく必要があるように思います。

 1989年ゴールドプランができました。その前後に語られていたのは、「2025年に日本の高齢化は25%を超えます。そのための対策を」でした。その人口推計の甘さは当時から一部指摘されていたところではありましたが、その当時にこれらのことに触れていた人間にとっては「2025年」が政策的ターゲットであったことはいうまでもありません。この2025年がいつ修正されたのか、実はそれほど遠い話ではなく、実際に25%に近づいてから言わなくなった感じがします。というより、そういう言い方をやめたというのが正しい語りになるでしょうか。結局、高齢化率のことだけでいえば、2012年から13年にかけて25%をこえてしまったわけです。1990年を起算にすれば、予想の1.5倍近くのスピードで高齢化が進んだという言い方になるでしょうか。

 高齢化のスピードについて触れることがここでの主題ではありません。また、みなさんご存じのとおり、またたくさんの方が言われているように、日本のこの手の政策の方向性がいまだに高度経済成長期の政策もモデルの域を脱しておらず、方法論的には根本的な対策をうてないままにきているという指摘が正論なのでしょう。「いまだ高度経済成長の幻想にとらわれている」、と。

 そんな評論的な事実をみながら、それをただ「狂った歯車」とみるかどうかなどとやっている時間はわたしたちにはありません。人は生き、生活をしていくわけですから。そのために、いろいろなことが考えられています。が、事実として起こっている現象について、政策的かつ評論的に示される事実よりも悲惨な現状が目前にあります。

 私が今後の20年を考えたときに(自分も生きているかどうかわかりませんが)、一番の憂い(国内)は東京圏一極化集中と地方の消滅です。
 過疎ということばはご存じかと思いますが、過疎なんていうことばで語れない現状がいま日本の国内でおこりつつあります。もともと日本の中で過疎ということばが使われたのは、高度経済成長まっただ中の1965年ごろです。実は高度経済成長そのものの裏でおこっていたのが過疎化だったわけです。
 福祉や医療の世界の中でも、過疎地域の話は高度経済成長期やその後の時期でも繰り返し取り上げられてきていますよね。社会福祉協議会の住民主体をうたった旧「基本要綱」もその策定の会議が行われた山形などの実践を色濃くもったものでしたし、地域医療の実践も岩手や長野などが有名な実践として繰り返しいわれてきました。もともと、なぜここまで国土の隅々までという話も歴史的にはいろいろな背景がありますが、主題と関連ずけられるのは、日本列島改造論以降、80年代から起こってくる全国隅々までの道路網の整備と「ストロー現象」といわれる現象がおこってくる時期になると思います。
 日本は都市計画という考え方がきわめて薄い国です。また、それゆえか、歴史ゆえか、都市計画がなじみにくい国でもあります。(続く)

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posted by 凸凸 at 08:36| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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