2020年01月13日

「地域」を考えると関係人口〜過疎問題から視点を得る

 特に福祉関係者は「地域」が好きだなぁと思う。自分がいわゆる「福祉」関係に近いところにいるからかもしれないが、つくづくそう感じる。
いわゆる日本型福祉といわれることばが政策的に出たのが1970年代。そして、そのころ、福祉分野にも地域福祉ということばがうまれている。

 地域福祉ということばは、Community care というイギリスのコンセプトからの訳語からといわれている。
1990年代に入り、日本の福祉政策が劇的に転換してからとくに地域福祉がいわれるようになり、2000年代の社会福祉関係法律の改正によって法律制度にも位置づけられた。
 1980年代からの現場的な地域福祉は、住民運動、地域改良的な活動と1990年代のアメリカからの障害者の自立運動とのリンクからの脱施設思想とともに、かたられることが多かったように思う。前者は保健所を中心とした地域医療や公衆衛生、そして日本独特の社会福祉協議会の住民主体活動との関係で語られ、後者はノーマライゼーションの思想との混在をみながら、個別具体的な運動として発展した。1990年代も半ばになると政策的転換ともあいまって、「サービスエリア」としての「地域」が語られるようになり、このころから、社会学、経済学的なコミュニティ、自治体政策的な視点からの地方自治論や地方財政論から地域が本格的に議論されるようになった。

 1990年前後のバブル期からいわゆる「失われた20年(最近は30年ともいうらしいが)」、都市圏への人口集中→東京圏への人口集中という現象が指摘されて、現象としてもその流れは一気に進んだ。現象としてはもっと前、高度経済成長期からはじまっている現象だが、田中角栄の「日本列島改造論」やバブル期の過剰な地方への公共事業の見境ない投資開発により、その現象は本質論として中心的に語られることは少なかった印象がある。地方経済の崩壊、エネルギー革命などそれらの現象は循環しながらどんどんと進んでいく。

 その中で、過疎ということばが使われるようになった。
 
高度経済成長のなかで地方から大都市への人口の大量移動が進行し、地方の過疎化と大都市の過密化が大きな問題となった。一九六七年(昭和四二)一一月に経済審議会地域部会が報告書を提出し、「人口減少地域における問題を『過密問題』に対する意味で『過疎問題』と呼び、過疎を人口減少のために一定の生活水準を維持することが困難となった状態、たとえば防災、教育、保健などの地域社会の基礎的条件の維持が困難となり、それとともに資源の合理的利用が困難となって地域の生産機能が著しく低下することと理解すれば、人口減少の結果人口密度が低下し、年齢構成の老齢化が進み、従来の生活パターンの維持が困難となりつつある地域では過疎問題が生じ、また生じつつあると思われる。」と述べ、以後「過疎」という言葉が定着した(今井幸彦『日本の過疎地帯』)。

 実はこの今井の著作は1968年に出ている。まさに高度経済成長の最中である。

 この日本の過疎地帯とともによく引用させていただくのが、「限界集落」。

社会学者・大野晃が、高知大学人文学部教授時代の1991年(平成3年)に最初に提唱した概念である。過疎化などで人口の50%以上が65歳以上の高齢者になり、冠婚葬祭などを含む社会的共同生活や集落の維持が困難になりつつある集落を指す。

ことばだけが一人歩きしているという批判もこの「限界集落」にはあるが、問題と課題提起をした意味は大きいといわれる。
高齢化が著しく進んだ「集落」がその生活(生産)維持機能を持ち得なくなるという批判は実は中山間地域や離島だけに限らない。今井の「日本の過疎地帯」の中にも、実は大野がはじめに指摘した「限界集落」に当たる集落や消滅した集落の話はでてきている。

その後、20年あまり、この限界集落の議論はさまざまな波紋をもたらしながら、集落機能、地域機能の維持、循環とは何かという議論と実践が行われてきた。また、社会基盤の変化も見逃せない。他方、平成の大合併による自治体再編についても大きな変化要素といえるだろう。

2010年代入り、災害が頻繁に起こる中で、単に日常的な生活機能や生産機能の維持だけではなく、インフラの維持や災害の対応力といった課題が露呈してきている中で、新たな様相を見せている。


そしてここ数年、国 総務省が盛んに使い始めているのが関係人口という考え方である

「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々を指す言葉です。

地方圏は、人口減少・高齢化により、地域づくりの担い手不足という課題に直面していますが、地域によっては若者を中心に、変化を生み出す人材が地域に入り始めており、「関係人口」と呼ばれる地域外の人材が地域づくりの担い手となることが期待されています。

総務省 ポータルサイト

従前の移住や定住者による「地域」の考え方をかえるともいえるこの打ち出しは単に、単なる新たな予算獲得の方法であるという批判も一歩であるが、「地域」というものを考えるなかでは、大きな転換点になる可能性もある。

過疎問題といわれる人口構成の著しい高齢化とそれにともなう、「そこに住み続けられなくなる」要素は積み上げられている。

そして、それは、単に高齢化が進みエリアということではなく、交通問題や買い物難民といった問題にも連続性をもっている。また、もっと注目すべきは、狭いエリアの中で経済が完結してしまうことの弊害である。里山時代の中山間地域は自然との連続性をもって、その問題を解消することができたが、都市部ではその自然との連続性がおこらず、消費にのみ偏り、人口構成の変更をうながすしか方法がないと思ってしまいがちである。1970年代80年代に開発されたベッドタウンでは、これから本格的にこの問題を抱えていくことになる。その解消のコンセプトとして「関係人口」は注目すべき考え方であると思っている。


posted by 凸凸 at 06:34| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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