2020年02月19日

「地域文化」とは何か 連Twi

「地域」文化とはなんだろうか?マスコミことばで使われる「県民性」とはなんだろうか?大学時代からずっと「地域」にこだわってきた。研究も実践も。この10数年その中でも「local」にこだわってきた。あえてこだわってきた意味は?暮らしぶりが見えること「地域の顔」が見えると説いた。
「地域の顔」が見えたとき、地域文化の消失に気づいた。動ける人は動き、自然から離れていく。コミュニティは形成されるがlocalからは離れ金銭だけを媒介にしたものになり、地域文化はなくなっていく。ちょっと待て?それは本当か?失われていくと感じた文化は本当に「文化」か?そもそも虚像では?

風土や水土。日本人が自然との共存の中で培ってきた「文化」は人が大衆や群衆が集まることによって練られた「文化」にとって変わられきたのではないのか?そこには、土の匂いも自然への畏怖もなく、そこに住むことのみ風や土、そして水に触っているだけではないのか?護るべきは文化ではなく慣習に。

慣習は「既得権」になりかわり、自らの生の文化を抱きしめながら死を迎えるのでなく、生の文化すら「得」に変え、そして病院で「患者」になり消えていく。生と死の循環は自然との共存の中にのみあり、残すべきは文化であったはずなのに。残すべきは金銭になり残すべきは閉鎖的な「家族」になった。

閉鎖的な家族たちは慣習を作り、生産し、消費していく。森を喰らい、文化を雲散霧消する。それでも私たちは幻の中。localなエリアに地域の文化を信じる。作られた消費文化と単なる物理的な近接性というマヤカシに支配される。肌が触れ合うような人の距離はデジタルの世界の中でどうなるのだろう?

現実社会とデジタルな仮想社会。誰かこの二項対立を描いた?いまや仮想社会でもあたたかさやにおいまでも感じることができる。仮想社会のコミュニティと現実社会のコミュニティ、そこにはまだ対立があるのか?それともいまや親和性の世界か?仮想社会にlocalは存在しないはずなのに。

そんな仮想社会は、慣習を乗り越えるのか
再生産するのか?
そこに、地域はあるのか?
そこに、文化はあるのか?
地域文化とは何か?
posted by 凸凸 at 07:11| 大阪 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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