昨日は「今年モード」で、休みをとろう!ということで。
ちょっと、身体的にもきつかったので。
昼は、カフェ・コモンズへ。NPO的とか共生的とかコミュニティ的なところをぽつぽつ訪れながら、いろいろと考えてみようと思って行ってきました。
ところが・・・。
支援センターでの支援している方が、急に入院になり。。。
入所施設から退所支援をし、身体+知的+てんかん+精神で生活保護、身よりなしの方となると、うちが当然動くわけで、夕刻からの時間は結局二人して、ばたばたと。。。疲れました。
夜も遅く相方と二人で、支援センターについて話をしていたのですが。。。
支援費時代には、それでも夢というか、希望というか、こうしてやっていた先にある理想みたいなものがあって、それを進めていた気がしたのですが、自立支援法時代になって、なんかそれが転落している気がするよね、と。
ちょうど、ある方からの情報で、毎日新聞の野沢さんが、「見捨てられる「多重困難家庭」」という記事で、千葉の中核センターの話を書かれていると教えていただきました。
「障害のある娘と暮らしている母親が認知症になり、心配した相談機関が調べてみると、家の中から10年以上も引きこもっていた別の娘2人が栄養失調の状態で見つかった。近隣の人々は2人の存在を知らなかったのである。
また、ある中学生が不登校になり先生が自宅を訪問したが会えない。どうもおかしい。相談機関が調べると、家庭という密室の中で、借金苦、介護疲れ、引きこもり、虐待などが複合して家族をむしばんでいた。」
あまりに日常茶飯事すぎて、このくらいのケースにはびびらないうちら。「多重困難家庭」と称されたこれらのケースは、千葉の中核センターのケースらしいです。千葉の中核センターとは、なぜか、うちの相談支援と並んで紹介されたことがあり、
福祉医療機構の「いきいきチェレンジ」にたすけあいの会の相談支援部門の取り組みが、種別を超えた相談支援事業として紹介されました
まぁ、そうだろうな、と。
ただ、野沢さんの記事の中で一番気になったのが、
どこまで中核センターの緊張感や使命感が持続するかわからないが
うちの支援センターと、圏域規模も予算規模も、職員数、位置づけも違う中核センターをして、そんなことを言われていては、うちでは、持つわけがないというのが正直なところ。
それくらい、地域の中で埋もれていて、支援の手が届かない負の連鎖を起こしまくっているケースは多くなっている。それを、相談支援センターだけでは担えないし、特出しした福祉施策だけでは担い切れない。
そのことを強く感じる
2008年01月17日
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