2008年02月11日

NPOの議論にちょっと触発されてメモ

こういうときに、自分がいい意味でも悪い意味でも「研究者的」視点を持つことからずいぶん離れていることを実感する。

 今朝、おふたりのBLOGのエントリーを読みながらそう実感した。
 lessoreさん 社会を変える手段、の選ばれ方 http://d.hatena.ne.jp/lessor/ 
doijinさん  NPOと公共サービスの関係についてメモ http://d.hatena.ne.jp/dojin/

 今年に入ってから、いろいろと思うことを羅列的に書き散らしているが、このお二人のエントリーにふむふむと納得しながら、そして、首をかしげながらも、おもしろいなぁと、読んだ。
 ただ、彼らが批判しているように、私自身は、NPOの実践家としては、グローバルな視点をもって活動しているとは言い難い。というよりは、私自身の実践家としてのスタンスは、そういったアイデンティティをもって行っていないといっても過言ではない。

 いま、いろいろなことを考えている中で、私がいる立ち位置の中でももっともアンバランスなことがこのことなのだと思う。最近、特に自覚的であると思う。

 どういうことかというと、自分がやっている実践は、自分が所属している団体(NPO))を代表しているわけでもなく、代弁しているわけでもなく、そして、外部からの幻想的な評価はともかくとして、社会的にはたいしたことではないということである。
 少しことば遊びっぽいが・・・。
 前に書いたことの書き換えになってしまうかもしれないが、例えば、ぼちぼちはうすの実践は、すごいとおもわれるかもしれないが、別に24時間しっかり支えてやっているわけでもないし、相談支援だってそう地域支援だってきっちり人材のシステムができているわけでもない。老若男女いりみだれている支援していることだった富山型のように制度的にやっているわけでもシステム的でもない。
 要するに、社会的にインパクトをねらってやっているわけではないのだ。その意味では。この場合の社会的にということばは行政的にとも言えるし、市場的にとの言えるし、寄付者的にもといえる。NPO論的な顧客に対するインパクトに対して、すべてにおいて「弱い」のである。
 しかし、そういった意味では戦略的だと私自身は思っている。
 いつだったか、たすけあいの会の実践は万華鏡のような見え方でいい、といった覚えがある。それが地域的であると。
 そのことをどのようにとらえるか?ではないだろうか。そんな風に思えたりもする。
posted by 凸凸 at 08:47| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Tracked: 2008-02-17 23:25