2014年08月23日

各地の水害、土砂災害について思うこと

昨年に引き続きの福知山、そして、丹波市の水害の話がきこえてきた最中に、広島市の大規模な土砂災害がおこり、そして、無情にも72時間は経過している。いまも多数の方が行方不明になっている。昨年の伊豆大島の土砂災害に続き、かなり集中豪雨によって引き起こされる土砂災害の悲惨な事故が続いている。

土砂災害、水害は全く人ごとではない。
三年前の8月14日寝屋川もやられて、人的被害はなかったものの甚大な被害を被った。http://neyagawatasukeai.org/info/20120814suigai
そのときに、明日は我が身ということをいろいろなところで言わせてもらったが、まさにそのことばどおりになっている。

今回も8月前半の台風の時は、裏の水路がかなりやばい水位まできた。

いまの日本の都市部の排水は短時間でいうと60mmまでしかもたない設計になっているそうだ。ことばをかえていうと、短時間の集中豪雨を想定していないし、また、降ったとしてのリスクをそうもっていない。寝屋川の水害のときに、大規模なマンションの駐車場はすべてため池のようになってしまったのは、マンションは一定の量以上の雨がふると、駐車場に流す構造になっているからだそうだ。ということは、それ以上の雨が短時間に降ると、当然、マンションが水につかっていく。

そもそも、街の構造は、1時間程度で40mmふると、水につかるのは、各地のニュースの映像をみると明らかである。40mmより、ニュースとかでは多い雨量がでているけれど、それは降る範囲やそれまでの降っている時間にもよるわけで、一概にはいえない。

ただ、はっきりいえることは、いまの都市の構造は、現在、各地で起こっている気候条件には耐えられないのだ。

この話をしていると、大学時代に教わった経済地理学の先生のお話を思い出す。
先生が熊本に赴任されることになったときに、熊本のどこに居を構えるか、市役所にいって、歴史地図?をみられたそうだ。現存している昔の地図をみて、水害があったのは、どの地域かをみて、その地域を避けて、居を構えられたそうだ。

もう一つ、広島市の土砂災害の現場の写真をみると、土砂崩れはいわゆる昔の里山だったところで起きているようだ。高度経済成長以降の「里山の荒廃」が深くは関係しているようにも思われる。

本来、人が住めなかったところで、かつ、自然循環系を絶つような形で住宅を造成し、住んでいる。
想定していなかった気候条件になったときに、結局は、自然の力に負けてしまうのだ。

そして、悲しいかな。人間の社会の中の「災害弱者」がその犠牲になっていく。

もう一度。
全国どこにでも起こりうる災害であることをみな肝に銘じよう
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2014年08月06日

報道・情報について 個人的に思うこと

 日常身近にあることではなく、飛び込んでくる報道や情報によって気分のわるい日が続いている。

 TVはほとんどみないのだけれど、新聞は読んでいるし、インターネットでニュース、そして、SNS。

 アクセスすれば、飛び込んでくる。


自殺予防 メディア関係者のための手引き
http://www-user.yokohama-cu.ac.jp/~psychiat/WEB_YSPRC/pdf/media2008.pdf

z 努めて、社会に向けて自殺に関する啓発・教育を行う
z 自殺を、センセーショナルに扱わない。当然の行為のように扱わない。ある
いは問題解決法の一つであるかのように扱わない
z 自殺の報道を目立つところに掲載したり、過剰に、そして繰り返し報道し
ない
z 自殺既遂や未遂に用いられた手段を詳しく伝えない
z 自殺既遂や未遂の生じた場所について、詳しい情報を伝えない
z 見出しのつけかたには慎重を期する
z 写真や映像を用いることにはかなりの慎重を期する
z 著名な人の自殺を伝えるときには特に注意をする
z 自殺で遺された人に対して、十分な配慮をする
z どこに支援を求めることができるのかということについて、情報を提供す

z メディア関係者自身も、自殺に関する話題から影響を受けることを知る


「少年」が起こした猟奇的な犯罪というカテゴリーのニュースについてもそうだ。
「酒鬼薔薇事件」や「奈良母子放火殺人事件」の報道で起こったことの反省が何もない。

何を明らかにしようとしているのか。
もちろん、「知る権利」の議論があるのはわかっている。
が、人の死をどうして、なんのために、詳細すぎるほど、詳しく繰り返し報道することが必要なのか。

それは、マスメディアだけではない。
私たちは、マスメディアではないメディアを手に入れつつある。
そうして、SNSで、こどもが爆撃でひきちぎられ、血みどろになっている写真が、タイムラインに、無防備に流れてくることをなぜするのか。
戦争を反対する、こんな悲惨な状況が起こっている。そのことを知らせたい。その気持ちはわかる。
でも、無防備に、だれにでも目にするような形で流していいは思わない。
それは、きちんと情報を説明した上で見るものの選択の中で行われるべきことなのだ。私はそう思う。

いま、私たちは、自分たちで、暴力的な環境を作り出し、暴力的な環境の中に、さらされている
そのことを自覚したい。

繰り返し言う。「知る権利」を否定しているわけではない。
報道を否定するわけではない
でも、私は きわめて不快であるし、そして、暴力的ないまのこの社会を憂う。
だれかではない、大切な命のあるかけがえのない 固有名詞のある命を軽率に扱っているようなこの社会に憂う
posted by 凸凸 at 08:07| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月10日

福祉を学ぶ人たちへの人権教育について

 今日、とある学校の講義で、リスクマネジメントの話をする流れで、ずいぶん昔によく使っていたビデオを流した。

 タイトルは「縛られない介護」NHKで1999年に抑制廃止宣言をした病院を舞台にとられたドキュメンタリーである。
ネットで検索したら、Dailymotionにあがっていた(版権はだいじょうぶなんか???)
http://www.dailymotion.com/video/x1fndjo_n%E3%82%B9%E3%83%9A-%E7%B8%9B%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E8%80%81%E5%BE%8C-%E3%81%82%E3%82%8B%E4%BB%8B%E8%AD%B7%E7%97%85%E6%A3%9F%E3%81%AE%E8%A8%98%E9%8C%B2-1999_people

 身体拘束は当然してはいけないものだが、昔は平然と施設や病院で身体拘束は行われていたし、してはいけないものであるということを守っていくためには、当然、考えなければならないことがある。
 転倒の防止や、おむつはずしなど、それは単純に身体拘束はだめだからしないではなく、マネジメントの中で考えていくことだ、ということを説明してみていただきました。

 コメント用紙を読ませていただいて。まず。いまの20歳くらいの学生って、身体拘束が当たり前にされていたのって、もう歴史的な話なんですよね。
話としては。

 この映像、はじめに、車いすに抑制している「抑制エプロン」。ベッドへの拘束具。それから、つなぎ服を実際に使っている場面が出てきます。
それに、むっちゃショックやったみたいです。話にはきいていたけれど。。。って。

 そこまではよかったんですが。

 この映像をみたあとに、すくなからずの学生さんが、「このビデオをみて、身体拘束は必要だと思った」というコメントが返ってきました。。。

え・・・。

 それも、そのうちの何人かは、「いままでは、身体拘束はいけないものだと思っていたけれど」という枕詞がついて、です。

 ビデオを見ていただく前に、先に、スタッフの大変さだけに目をとらわれないように、福祉現場のリスクマネジメントには構造的な問題があるから、そのことも考えて、なんて、くだりもいれておったのですが。。。(きいちゃーいねぇー???)

 別に、そういった意見を書いたからだめなんて、学生さんにいうつもりはないですが、福祉学習の現場での人権教育にものすごく憂いを感じたんですよね。
プロトタイプ的に、身体拘束はだめだって入ってるだけなんですよね。きっと。
だって、いまも数多くの施設で行われているエレベーターロックや、施設外への外出を鍵をかけてできないようにしていることも、拘束だよって話をしたら、はじめて知りました。。。ってコメントが返ってくる・・・。

 相手の立場にたってとか、自分がもしその立場だったらという話は、通じないのは、もう数年前から。
だとしたら、もっと、根本的に、人権教育を福祉の現場で徹底してやらないと、最終的には、支援者サイドの理屈に、負けてしまうのでしょうね。
 すごーく憂いました。

 繰り返しますが。学生さんたちが悪いとかいっているんじゃないですよ。福祉現場の人権教育に憂いどるんです。
posted by 凸凸 at 18:14| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月13日

障害者福祉 関係 事務処理要領

おくればせながら、4月1日づけの事務処理要領が4月末にでているようですね。

熊本県のサイトにでています
http://cyber.pref.kumamoto.jp/syougaihofuku/content/asp/info_main.asp?id=688

全国障害者介護制度保障協会
http://www.kaigoseido.net/topF.htm
posted by 凸凸 at 07:09| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月05日

この4月からの障害者関係の変更に関する書類 第1弾

みなさん。おつかれさまです。

毎度おなじみ制度変更のある障害者福祉制度。
まだ、事務処理要領はでていないようですが(毎度、おなじみ)、4月1日づけでいろいろと通知関係はでているようです。
岩手県のサイト
http://www.pref.iwate.jp/fukushi/shougai/jigyousha/023333.html
熊本県のサイト
http://cyber.pref.kumamoto.jp/syougaihofuku/content/asp/info_list.asp?pg=1

に掲載されています。

単価については、前エントリーの分にて。
posted by 凸凸 at 08:21| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月14日

障害者自立支援給付支払等システム関係資料

結局、単価はパブコメにでたものとかわらずのようですね。

重度訪問介護も、対象をひろげただけで、別単価をつくるという話はきえましたね。

・障害者自立支援給付支払等システム関係資料
http://wwwhaisin.mhlw.go.jp/mhlw/C/?c=197279
posted by 凸凸 at 08:03| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月08日

厚生労働省 障害保健福祉関係主管課長会議 配付資料

昨日開催された「厚生労働省 障害保健福祉関係主管課長会議」。
まだ、厚生労働省のホームページにはアップされていないようですね。

会員以外でもみることができるようにしてくださっているのが全日本手をつなぐ育成会
http://ikuseikai-japan.jp/
厚生労働省 障害保健福祉関係主管課長会議 配付資料

これがすべてかどうかはわかりません(たぶん全部)が。

ざっと見ましたが、期待していた内容はあまりでておらず、これまでの情報+小出し情報をまとめた感じのようです。とりあえずの速報です。

posted by 凸凸 at 07:28| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月01日

箕山之志

今日の気持ちを表している一語

「箕山之志」
posted by 凸凸 at 20:44| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月27日

医療・保健・福祉 ミクロ・メゾの議論の積み上げ

ryouki.jpg
 この図、なんの図か、わかりますか?

 私くらいの年代前後という言い方が正しいのかわかりませんが、1980年代、90年代に「社会」福祉を勉強、研究していた方がたは、医療保健福祉のネットワークというフレーズを一度はきいたことがあるはず。

 90年代半ばから、ケースマネジメント、ケアマネジメントという手法?が日本で盛んに紹介されるようになり、そして、介護保険制度の導入になり、この議論は概念的、理論的な話としては、その中核的な議論から周辺議論。つまり、本質的な話ではなく、実践的な手法論になったように私は思っています。
 最近のこういった議論の動向や話は、よく知りませんが、書籍などをみてもそんなに大上段に構えて、このテーマを語られていることを散見しないので、下火?なのかと思ったりします(まちがっていたらすいません)。

 一方で、医療や保健分野のあり方、考え方がずいぶんかわってきているのも事実。まぁ、30年前からわかっていた超高齢化社会に後手後手にまわっている結果という皮肉批判はやめておいたとして、医療がとくに病院の中での入院治療ではなく、病院の外での医療が一般化してきている中で、現場実践の中では混在化の一途をたどっているという評価もできるでしょう。
 
 で、この図は、私がある現場の方(精神障害者支援)のお話をきいて、その方の要望に応えて、「見える化」した図。補充(補完)・代替なんて、古典的?社会福祉原論のような使い方ですが、医療保健福祉の【サービス】が混在化していると、こういう観念的な整理をほしがる人がでてくるのですよね。
 いかがでしょうか。

 ところが、これを作っただけでは話が終わらず、これに、マクロとか、メゾとかレベルのことを落とし込もうとするから、始末が悪い。そんなことをしてもダメですよ。こういったものは、Aさんの支援の場合に、Aさんのニーズをアセスメントしたものがあり、それに伴って、サービスがていきょうされているけれど、そのサービスは、どこに位置するか、という置き方をしていくこと、そして、それをA B、C、D、E、・・・と積み重ねていって、メゾ的な整理をすることが必要なんだと説明が必要なんですよね。
うーん。って感じ。

 ちなみに、こんな図は私はいらんですよ。実践している中ではね。あ、相談支援としてはいるか。人に説明するには。
 メゾ的なシステム化の理論立てにはこういうものがいるというのも、わかるけど、わかりたくないって感じです。
posted by 凸凸 at 08:17| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月18日

「地域生活を支えるイメージ」

 いろいろな兼ね合いがあって、BLOGに書けないことが増えています昨今。
まぁ、これくらいはいいだろうということで。

 昨日、地元寝屋川市の自立支援協議会の相談支援ネットワーク会議にて、相談支援講習会を開催しました(開催されました)。
 制度がかわり、計画相談が義務化されていく中、特定の事業所(計画相談を行う事業所)をふやしていがざるをえないわけで。でも事業所を増やしていくことにはいろいろと課題もあるわけで。
 2回シリーズで、行政と委託の相談支援事業所が検討して講習会を開催することになりました。
 でも、予算などないから、みなのもちよりで、私めが話をさせていただき、全体のグループワークの進行などもさせていただきました。
 まぁ、正直に言うと、どの程度のことを目標にしていただくのか、とても難しいですし。
 もっと難しいのは、市の方針と自分自身の考えはかなり違うのでそれを担わないといけないつらさもありますが(こういったことが増えたので、BLOGが書けなくなりました)。
 基本的な相談支援の流れや障害者ケアマネの話をこれまで大阪府や他の地域でお話をさせていただいてきたことを短くしてお話をしました。
 資料のもとになっているのは、私のホームページにアップしています「個別支援計画の作成とその重要性について」http://homepage2.nifty.com/totutotu/
 このスライドの中に、「地域生活を支えるイメージ」というスライドがあります。
この「くらしの三要素」「生活の三要素」「うしろだての三要素」は、私が2001年くらいに、地域生活支援の講演をさかんにさせていただいたときから、使っている話なんですが。
 話をしたあとに、この話を最近どこかの研修、どなたかがされていました、といわれていました。その方の話では、さもその方のオリジナルのような紹介の仕方?(もうあたり前の考え方?)だったそうで、なんか変な感じでした。
 自分が提唱しはじめた整理や考え方がいろいろなところで、使われているのって、不思議な感じ。
 それでも、その真意が伝わって、役に立っているのであれば、いろいろな方に使われて、うれしいなと。素直に思います。
 もう講演とかをしなくなって10年くらいになりますし、それでも、昔そうしてお話をしたことが残っているのはね。
 つらく苦しいことが続く毎日ですが、少しうれしいことだったので、書き残しておこうと思いますわーい(嬉しい顔)
posted by 凸凸 at 07:34| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月03日

平成26年度からの障害福祉サービスの単価と国庫負担基準の案

現在、パブコメの募集と言うことでだされている
平成26年度障害福祉サービス等報酬改定に伴う関係告示の一部改正等に関する意見の募集について
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=495130244&Mode=0

この中に、新しい報酬と、新グループホームの考えたおよび単価がのっています。
ただし、重度訪問介護だけは、のっていません。まだ、調整が終わっていないということですね。
posted by 凸凸 at 06:46| 大阪 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月31日

年末年頭のごあいさつ

今年2013年も終わり年がかわります。

 今年は東日本大震災の年のお正月からやめていた年賀状をおくらせていただくことにしました。以前に比べるとずいぶん少なめですが。

 東日本大震災から2014年の3月11日で丸3年。15883人のかたが亡くなりいまだ行方不明者が2643人 そして震災関連死が2916人。そして余震はいまだに続いています。まさにこの年末にも震度5の大きな地震がありました。
 
 福島第一原発の事故は人類に人が制御できえないものを人類が作り続けているという事実をつきつけています。私たちはそのことを許した日本という国に住んでいます。
 たくさんの人を亡くし、原発を許した(日本人である)ことの心の傷がいまだ癒えず、でも前をむいていかなければいけないと思いますが、なかなか前を向いて行きにくい毎日です。
 
今年2013年。

 1月にとてもお世話になった方が亡くなりました。
 その方とははじめてお会いしてから、20年近くになるでしょうか。本当にことばではいい尽くせないいろいろなことを教えていただきました。
 初めてお会いしたときに、20近くも年の違う私に「同世代でしょう?」といわれたことは、忘れられない思い出であるとともに、それほど、近い考え方の持ち主であるといってくださったのだと思っています。
 年末に、息子さんと呑ませてもらってお話させていただいて、漠然と気持ちの整理がつきはじめてきました。

 「志を継ぐ」ということ。

 毎日毎日のことについては、わかっていて、無理をして、無理がわかっているけれど、無理を重ねてという一年でした。
 「相談支援」という枠組みが、新しい法律で変わっていくにつれ、どんどん現実とずれていく。
 目の前に怒濤のようにやってくる「シャカイの別側面」と、マジョリティ(だろう)情報とのズレがどんどんどんどん大きくなっていく。
 制度化という矮小化された現象に、人の暮らしが押し込めていかれざるをえない中で、私たちの幸せとは何か。10年くらい前に同じような価値観をもって、活動をはじめて、事業を行ってきていたナカマとよぶことができた人たちがどんどんと、離れていってしまっている感じをもちはじめた一年でした。
 制度にも迎合しない。多勢に迎合しない。でも、自分の思うことは貫く。思いをもてる人のためには、迎合もウソも厭わない。
 そんなスタイルを貫くわけですから、当然、「一匹狼」孤独です。
 でも、知らぬ間に、「孤立」しているのです。そんな感じをとにもかくにも感じるのです。

 単に自分自身が惑っているだけなのかもしれません。
 
 先に書いた20年来のとてもお世話になっただけではなく、今年は障害者の当事者運動を身体をかけて、引っ張ってきた方々が何人も亡くなられました。

 42,43歳くらいになって、いつのまにか、保守的になりがちな自分に気づいていました。
 ちょうど、そのときに東日本大震災があり、虚しさを感じつつも、そのことを「杖」にしながら、保守的にならないように杖をふりまわしている自分がいました。
 でも今年、改めて自分をむきあわなければならないそんな一年を過ごしました。

 大学受験の時に、夢と希望をもち司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んでいました。
 いつか、自分が龍馬のように、と。
 自分に惑い、悩み、苦しんだ今年。
 はじめて、桂浜の坂本龍馬の像に行きました。
 今年の年賀状の私の写真です。
 
 来年は「甲午」。暴れ馬のごとく。

 2014年もよろしくお願いいたします。

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posted by 凸凸 at 20:57| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月07日

耐震、耐火の施設と人のくらしの矛盾

大阪府は、障害福祉サービス(通所やCH)の指定時に、その建物が耐震基準を満たしていることを条件にするようになっています。
先日、うちの日中の指定の申請がはねられました。

耐震化、防火。
確かに、安全を第一に考えれば、必要なことですが、こんなことをしていたら、障害の(「重い人だけ」なのかな)ある人は、通うところも、住むところも、むっちゃ金かけないとだめになってしまいます。

都市部の町の中に、耐震、耐火の小規模のものをつくることなど、金銭的〈お金持ち)に不可能になりますから、なにが、【町の中】での暮らしをすすめるやねん

と、あいかわらずですが、すねたくなります。

http://www.pref.osaka.jp/jigyoshido/jiritu_top/taishinkajyoukyo.html

と、FBに書いていたら、数日後から、愛知県の全く逆の話が。。。
戸枝さんのBLOG
愛知発:既存建物活用のホーム設置基準を「建物規制から安全対策重視に変更」する案
http://hiromoto.seesaa.net/article/379529512.html

既存の戸建て住宅をグループホーム等として活用する場合の取扱い(案)に対する意見の募集について
http://www.pref.aichi.jp/0000065776.html

ってたら、共同通信社 発で以下の記事
障害者施設の防火策強化へ スプリンクラー義務付け 2013/11/5 18:08

 「総務省消防庁は5日、障害者施設でこれまで対象外だった小規模施設にもスプリンクラーの設置を義務付ける方針を決めた。スプリンクラーは初期消火に効果があり、避難に介助が必要な障害者施設での防火対策強化につながるとみている。消防庁は関係法令の改正などを急ぐ。
 障害程度の重い入所者向けのグループホームや乳児院などは現在、延べ床面積275平方メートル以上でスプリンクラーの設置義務がある。」

どこが情報ソースかわからないのですが、消防庁では実際にこんな検討会があります
http://www.fdma.go.jp/neuter/about/shingi_kento/h25/shougai-ksaitaisaku/index.html

パラドックスになっていますよね。
posted by 凸凸 at 07:52| 大阪 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月15日

コミュニティ論がさかんになっている?

いつもお世話になっている山梨学院大学の竹端寛先生が新しいblogエントリーをかかれている。コミュニティを変える社会起業家精神 : スルメブログhttp://www.surume.org/2013/10/post-612.html

最近、竹端先生だけではなく狭い意味でも広い意味でも福祉の研究でコミュニティについてのくだりをみることが増えた。 (最近はそんなに読まないのだけれど)

竹端さんのは私自身が大学時代から積極的に研究活動をしていた時代に興味をもって取り組んでいた関心事に近くたいへん興味深い。
過去かなり長いエントリでこのblogにも類似テーマを書いたことがある。

が、読んだときにうーんと思うことがあった。

東日本大震災以降、絆やつながり、家族そしてコミュニティということばをみることが増えた。
思い起こせば阪神淡路のときもだから大規模災害があったときに繰り返される呪文のようにもきこえてしまう。

コミュニティ論からすれば(正規の論文ではみたことがないが)、日本にコミュニティ論が入ってきて盛んに論じられた60年代後半から70年代前半、高度経済成長が終わり、日本列島改造論から小さな政府論が登場したのちの80年代後半から90年代前半に第2期。そして、00年代後半から現在が第3期のような感じがする。

狭い意味の福祉(公共の福祉という意味ではなく)という応用学的なスタンスからすると、コミュニティ論は、機能的議論としてはたいへんに有効な議論だと思う。

しかし、現状の日本を考えたときに、過度的な段階は越え、構造的にはどうしようもないところにきていることを認識した上でマクロの議論は行わなければならない。
日本はすでに全国のかなりローカルな地域ですら都市化した。日本全国を人間の身体に例えると毛細血管にまで都市化が進んだといえるだろう。
都市化はハード面とソフト面の両面である。
全国津々浦々まで広がった画一的なサービスと道路通信網が都市化の完成を支えた。
社会学の古典的な理論である都市化が、重層的かつ多面的に浸透したのである。
都市内部で起こっている貧困化、地方都市の内部で起こっている貧困化 そして都市と地方の格差はその一例である。
しかしその反面、いまそこに暮らす人たちが生きていくためにインフラは必要であり、そのために公共サービスは提供される。あたりまえと思うかもしれないが、全国どこでもコンビニがあり、イオンがあり、通販で注文したらすぐにものがとどく。生活スタイルの根幹は都市とかわらない。
それなのに、コミュニティの形成を叫ぶ。
都市部でのコミュニティ形成は特殊な場合をのぞいて旧来型の理論では難しいことがわかっている。そういったコミュニティ政策に呼応するのはいわゆる地方だ。
しかしその地方も、山中にに一、二戸だけが点在している中ではコミュニティの形成が難しいので集合させようとしている(例 青森市)そこには都市化の「罠」が存する。

三好春樹さんは特別養護老人ホームが、共同体的であるという。

いま そこに 暮らす 人たちが、共益共苦(片桐新自)をして、コミュニティを形成し(しなおし)ていく中での派生的コミュニティ論は、あくまでも、一時的なものにしかすぎず、その後に何を残すのかという歴史哲学的な課題を捨ててしまいかねない。
そんなことを読後の思想爆発として思った。
posted by 凸凸 at 10:14| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月04日

重度の知的障害のある方のひとりぐらしのリアリティ

現在、国の方で障害者総合支援法に明記された来年度よりの重度訪問介護の知的障害者・精神障害者への拡大とケアホーム、グループホームの一元化についての議論が行われている。

障害者の地域生活の推進に関する検討会http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000almx.html#shingi141325

今日がその7回目。
民主党政権時代とはちがって、リアルのネット中継(みたいなもの)もないし、この検討会のキモになるだろう第5,6回の議事録もあがってきていない〈公式には)ので、どんな議論がされているのか、よくわからない。
ただ、でてくる資料だけをみていると、個人的には「あれ?」「あれ?」って感じがしている。

ぶっちゃけ

障害程度区分5とか6とかの知的障害者の方のひとりぐらしのリアリティって、「ない」?みなさん???

知的障害の方って、地域移行とか地域生活支援の話をしても、すぐにケアホーム、グループホームの話にされますよね。

やっぱりそれが前提?

確かに、いろいろな地域に、たくさんおられるわけではない。(らしい)
でも、みなさんの地域にも、おられませんか?

その生活のリアリティが議論の中からは感じられないということは。。。
重症心身障害の方のひとり暮らしは、有名になっている地域があるから、それなりに、イメージがあるのかもしれないけれど。

例えば、いまの制度だと、居宅を身体介護と家事援助を組み合わせてつかわないと長時間のケアは難しいけれど、その区分けはとても難しいし、知的障害の方の見守りをどう考えるのかとか。
行動援護は外出支援が原則になっちゃっているので、通所のない日の家でのんびりする時間に、適応するサービス種別がないとか。家事援助でもやっぱり一緒に買い物にいくのは、むずかしい方の場合、夕食の準備の食材をどう購入して、夕食の準備をするかとか、そのときは、やっぱり二人介助が必要だったりするとか、いまの制度だと、やっぱり限界があって、リアルに生活をヘルパーで組み立てていくときには、難しい。
うちは重度包括をやっているので、最終兵器として、重度包括の対象の人は、重度包括の支給決定にプランを変えてしまうこともありはありだけど。

そんな自分たちの支援のリアリティ、生活のリアリティがちっとも、議論の中に感じられなくて、「あれ?」って感じ。でも、先週の社会保障審議会の障害者部会もほとんどそのまま資料として提示されていたから、結局、また、天上の制度になってしまうのねモバQ


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2013年10月01日

双方向コミュニケーションツールという幻想

一昨日 寝屋川で 「統合失調症がやってきた」松本ハウスがやってくる を開催させていただいた。

場所は寝屋川市民会館大ホール定員は700人 入場は無料で。

松本ハウスさんは「ボキャブラ天国」が一世を風靡した時代の芸人さんで、二人組のお一人ハウス加賀谷さんが統合失調症に罹患。活動を10年ほど休止していた。最近に活動を再開。芸人活動とともにNHKの「バリパラ」にも出演されている。
その松本ハウスさん 8月に同名タイトルの本をだされています。

その松本ハウスさんのコントと、2部で対談いただくのは芥川賞作家の吉村萬壱さん。

このネームバリュー!そして無料。

結果は300人の方にご来場いただきました。

内容や雰囲気はたすけあいの会のblogやFBをご覧いただきたくとして、ここでは裏的なお話。

今回主催的には、内外的にいろいろありました。ぶっちゃけ、入場者目標は400から500人としていたので、結果は「ウーム」

イベント的にはビッグネームをそれも東京からおよびしましたので、それなりにお金のかかるイベントでした。寝屋川市内のニコニコ基金から助成はいただけましたが、ほぼ会場費で終わりましたので、それ以外はスボンサーと寄付というやり方。行政からは当然一円もなし(はじめからそのきがない)。旧態前としたやり方ではなく新しいやり方を模索しました。

同時に、広報の仕方も新しくしました。
新しいツールとして、ツィッター、フェイスブックをフルに活用。それらに繋がるツールとして、こくちぃーずも使いました。

確かに反応はありました。特にツィッターについては松本ハウスさん吉村萬壱さんともにアカウントをもっておられてつながっていただき、リツィートしてくださって拡散しました。
一方、チラシは市内での配布を中心にしました。
新聞については、毎日新聞さんが大きくとりあげてくださいました。
新聞の反響は大きく掲載から数日は電話がなりやまないくらいでした。

10年くらい前、まだまだ盛んにイベントを仕掛けていた頃の手応えでいえばこれで500人という手応えだったのです。

でも実際は300人。何かが変わってきているそんな気がします。

新しいツールも、流れていく情報な気がします。双方向コミュニケーションといいながら、きちんとつながっていない そんな気がします。

何かが変わったの「何か」もまだうまくことばにできていませんが。。。
posted by 凸凸 at 20:13| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月28日

障害者基本計画策定

内閣府
障害者施策の総合的な推進
− 基本的枠組み −
国は、障害者基本法に基づき、障害者施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、障害者基本計画を定めています。平成25年9月、平成25年度から平成29年度までの概ね5年間に講ずべき障害者施策の基本的方向について定めた障害者基本計画が策定されました。
http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/wakugumi.html#keiakunew

いつもは、マイノリティ施策でしょうから、そんなに注目されるニュースでもないんでしょうが。

「障害者基本計画」を決定 政府
パラリンピック選手育成…障害者基本計画を決定
と、オンリピック/パラリンピック関連で、トップニュースあつかいとは。。。

ほんとに日本人はオリンピックス好きよね。

posted by 凸凸 at 08:32| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月22日

悲しいことがありました

悲しいことがありました。

誰かが亡くなった。。。自然の猛威にされされた人間の無力。。。もちろん、そういうこともあります。

でも、今日、お話ししたいのはそういうことではありません。

私は、ご存じのようにいろいろな方の支援をさせたいただいています。

おそらく、いまから15年くらい前から、福祉や介護ということばが一般の方の中でも普通に使われるようになり、市民権を得てきたと思います。

同時に、福祉の仕事や介護の仕事をされる方たちが増えてきました。
私は偏屈な一匹狼なので、単純に「同じ志を持つ人たちが増えた」と喜ぶようなことはありませんが、事実、多くの福祉や介護、そして、医療看護のお仕事をされる方が増えてきました。

しかし、その反面、悲しいことも増えてきました。

中には、「ギャクタイ」とよばれることもあります。

でも、日々のことのなかで、ご本人や家族にとってたいへんなことを、従事者たちがさもあたり前のようにやってしまうことこそ、悲しいことはありません。

その方は半年ほど前に事故で、首から下の機能がほとんど麻痺してしまいました。
手術をされ、リハビリのために転院をし、おうちに戻るために、いろいろなことを学び、ご家族とともに、リハビリに励んでこられました。

その病院は、いまの多くの病院がやられているように、入院期間を厳密にきめておられます。先に退院日がきまっています。そんな中で、在宅のいろいろな調整がうまくいかないということで、依頼が入り、かかわらせていただきました。

首から下の機能がマヒしている方が、その状態の中で、生活をされるためには、いろいろと知っておかなければならないこと、そしてあたり前の話ですが、全介助が必要です。

病院のスタッフが手を抜いているというのではないのですが、ご家族も仕事をされていて、それでも仕事のあいまに、病院からの説明のたびにかけつけて、一生懸命お話をきき、吸収されようとしていることはうかがえます。
でもあたり前の話。その身体の状態になってから、一度も家にも帰ってないし、ずっと病院におられるわけですから、「想像がつかない」し、「やってみないとわからない」わけですよね。

私たちが話を進める中で、ご本人やご家族にわかっておられないことが多々あることがわかってきました。基本的なこと、知っておかなければいけないこと、知っておいた方がいいだろうこと。

なぜだろう?病院のスタッフははじめにやりとりをはじめたときから、実は「理解の悪い」患者という語りをしていました。 なぜ?

ご本人とご家族と何度も話をしているうちに、そんなにご理解いただけないという感じはしないのに。

でも、事実として、わかっておられないのです。
退院日が近づいてきました。
退院する前に、知っておきたいことを相談して、紙にかきだして、きいておきましょうか。書いてもらいましょうと、提案して、おいてきました。

・・・・

病院から、クレームがきました。書けません、と。何度も説明していますから、と。

時をほぼ同じくして、入院して手術をする場合の詳細なタイムスケジュールと項目を書き出している(それもイラスト入りで)ものを別の病院でいただきました。

首から下がマヒしている患者さんに、ご本人のための情報をかいてあげることができない。

とても悲しいことを経験してしまいました。

ますます、福祉や医療が嫌いになりました。
posted by 凸凸 at 08:03| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月11日

福祉的立ち位置からみた災害支援

今日は9月11日。

東日本の震災から2年半
そして、911は同時多発テロの発生日でもある。

福島第一原発のことがあるが時間の流れは、完全な「当事者」以外の人たちから、事件を過去の記憶に流していっている。

人間は忘れることによって生きる動物だといわれるが…

この間の数多くの余震といわれる大きな地震。身体と脳にやきついているはずのことはそんなに簡単に忘れてしまうものではないはずだが。

阪神淡路大震災を経験した自分としては、あの記憶と経験は何にも変えがたく、その後のいろいろな出来事のさいのベースになってきた。
当時、大学院にいた自分があのときてきたこと、やって失敗したこと、それらのことをして。
特にあの当時院生の仲間と社会福祉施設に着目した動きをとったことは、それから20年近くを経た現在の社会事情をみたときに貴重な財産だったと思う。

東日本のときは、後方支援としてわずかながらの支援をさせていただいたがそのときの動き、見極めも阪神淡路の経験なくしてはお手伝いできなかったことだと深謝している。

そんな今日。
わずかなではあるが、自立支援協議会の会議でトータルな災害支援の話から、福祉的視点の位相を話させていただくことになった。
資料をまとめている中で、国の災害基本の枠組みと各地の地域防災のフレーム、そしてそのフレームに「実際」をどうつくっていくのか。
また東日本を契機に更新しているところと取り組み途中であるところ。
改めて いろいろ感じることがあった。

簡潔にわかりやすくが私のウリであるが、さて うまくまとめて伝えきれるだろうか。
posted by 凸凸 at 08:35| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月31日

明日から9月

暑い暑い8月が終わろうとしています。

暑い? 熱い?

毎日毎日が煮え立つようなアツさであったことは何も気温ばかりではないような気もします。

なんでしょう
頭の中に熱が篭ってるんです

きっと

8月のはじめに書いた病院の件はさらにアツクルシイ事態が増えていっています。
ここのところは、トラブル的交わりはMSWといわれる人たちとのことが増えてきています。

なんだろう
うまくいえないのだけれど、サービスの紹介だけするのが仕事だと勘違いをされているような。。。
そこには人と人との暮らしがあるのに。。。

国の制度のことや国の会議のことをフォローしたいんだけど目を走らせるので精一杯。
でもなぁ 地域生活の会議のヒアリングは。。。
きちんと読み切れてなくてもしかしたら読み飛ばしているのかもしれないけど、長時間の見守り含めた知的障害や精神障害のかたの生活のリアリティが感じられない話が多くてフラストレーションがたまりました。

あいかわらず、新規新規の相談は続き、計画や移行やどうでもいいけど、
オーバーヒートな8月でした〓
posted by 凸凸 at 22:11| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする