2016年12月12日

奈良フォーラム

2017年1月21日土曜日の出番。
北野先生にすごいお題をあたえられています。

いま、お話することを考えていますが、

国の考えていること
これからの社会でおこること、考えないといけないこと

マクロとメゾ

私の思考
あんまり、政策的なことばかりになってもおもしろくないでしょうから、
マクロメゾとミクロ
四つを

四等分して
話させてもらおうかと思っています
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2016年11月26日

現代社会での「社会保障」と「公衆衛生」と実際

 私自身の不勉強を明らかにする話であるが、ちょっととある「事件」に直面することになっていまの現代の日本地域社会の変遷の中で、こりゃまずいと気になったことがある。社会福祉(保障)の中での「公衆衛生」についてである。

 高齢社会である。地域包括ケアということがいわれて、病院への入院でのケアではなく地域(施設など)も含むケアの時代であると政策的に流れを作っている。作っているというのは事実ではないな。つくらざるをえなくなっている。財政的に。

 「病院」の役割というものは、社会的な「病院」の役割や位置づけという研究がたくさんあって、病院が治療の場であるのか否か。その際の治療とはなにか、という議論も山ほどある。日本の場合は「赤ひげ先生」の話がでてきたりするし、看護の世界の話でいうともっとたくさんでてくる。ここで書きたいのはそこではない。
 事実として「『病院』での『医療』がいまの流れでいえば、在宅医療・地域医療というカテゴリーで流れ出してくる時代」の中で、18世紀?から20世紀にかけての「公衆衛生」のコンセプトが表立ってでてこない中で、果たして在宅医療や地域医療は機能するのだろうか、ということである。
 先に書いておくが、「公衆衛生」の歴史は特に20世紀の中では「福祉国家」の社会保障の中でとくに中心的に取り上げられているので、そこには国家による戦時下(的)管理政策と親和性があり、「負」の側面も当然指摘されなければならない(ここでは特に「優性思想」を意識して書いている)。その「負」の側面を意識下に置きながらも一般論として社会保障のキーコンセプトの「公衆衛生」について考えたい。
 
 というより、私たちがいかにそこに無頓着であるか。という反省である。
 
 私自身、あらためて、「公衆衛生」というものを調べようとしてみて、「えー」という感じになった。
中高生の当時に習った「社会」のレベルから知識がまったく深まっていない事実に愕然としたのである。
 
 なんとなくの知識としてあるのは、都市化・スラム化とコレラの話。そして、上下水道の整備
http://d-arch.ide.go.jp/je_archive/english/society/book_x1_d04.html
 そして健診である。

 それ以上の知識は・・・ない。
 社会保障は年金、医療保険、公衆衛生、雇用保険、社会福祉と5つの横並びと教えているにもかかわらずあまりにあたりまえだ。が、公衆衛生とは何か、と問われると、上にあげた知識以上のものがない。

 先に書いたように、病院が「医療」を提供するようになって私たちの生活は一変した。生活の中で「病」にならないような個人、家族、地域社会、国家の取り組みがすたれ、

「病気」になったものが「病院」に行き「医療」を受ける

ことが当然の生活シーンになった。

最近は、「健康」を消費することが「病気」にならない=「病院」に行き「医療」を受ける、ことにならないというコンセプトになり、「健康教育」が「公衆衛生」然のように語られる。

 感染症についての話も然り。

 だが、この国の現状の崩壊は、感染症に感染したあとの予防施策への公共的投資の貧困さ。
予防するためのという予防薬への投資という「病院」にいき「治療」をうけるという構図をそのままにしたような保健。

 貧困化と高齢化、そして、地域医療の進行の中で、どうにもならない負のスパイラルがすすんでいるように思う。

 災害支援のときに常に言われ続ける話と同じだ。「災害」は、地震や台風だけではない。おそらく「感染症」も私たち「コクミン」にこの国が崩壊している事実をつきつけるだろう。



 
 

 
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2016年11月18日

これまでの20年これからの20年(1)

 2000年に介護保険がはじまってから5期15年がたち、もうすぐ16年目がすぎようとしています。
日本の「社会福祉」制度にとって、劇的な変化・ターニングポイントとして語られる介護保険の制定は、いよいよ次の段階に入ろうとしているように見えます。もちろん、政治的な視点を欠かすことはできません。民主党政権下の話をどう評価するのか、いまの政治的な流れをどうみるのか。
 しかし、社会の流れとして、世界的な政治的な流れではなく、世紀がかわってからの15年。日本の「お得意な」外在的な影響ではなく、内在的な要因からの社会構造の変化をきちんとキャッチアップできずに、また、有効な対策を打てずにここまできていることはしっかり認識をしておく必要があるように思います。

 1989年ゴールドプランができました。その前後に語られていたのは、「2025年に日本の高齢化は25%を超えます。そのための対策を」でした。その人口推計の甘さは当時から一部指摘されていたところではありましたが、その当時にこれらのことに触れていた人間にとっては「2025年」が政策的ターゲットであったことはいうまでもありません。この2025年がいつ修正されたのか、実はそれほど遠い話ではなく、実際に25%に近づいてから言わなくなった感じがします。というより、そういう言い方をやめたというのが正しい語りになるでしょうか。結局、高齢化率のことだけでいえば、2012年から13年にかけて25%をこえてしまったわけです。1990年を起算にすれば、予想の1.5倍近くのスピードで高齢化が進んだという言い方になるでしょうか。

 高齢化のスピードについて触れることがここでの主題ではありません。また、みなさんご存じのとおり、またたくさんの方が言われているように、日本のこの手の政策の方向性がいまだに高度経済成長期の政策もモデルの域を脱しておらず、方法論的には根本的な対策をうてないままにきているという指摘が正論なのでしょう。「いまだ高度経済成長の幻想にとらわれている」、と。

 そんな評論的な事実をみながら、それをただ「狂った歯車」とみるかどうかなどとやっている時間はわたしたちにはありません。人は生き、生活をしていくわけですから。そのために、いろいろなことが考えられています。が、事実として起こっている現象について、政策的かつ評論的に示される事実よりも悲惨な現状が目前にあります。

 私が今後の20年を考えたときに(自分も生きているかどうかわかりませんが)、一番の憂い(国内)は東京圏一極化集中と地方の消滅です。
 過疎ということばはご存じかと思いますが、過疎なんていうことばで語れない現状がいま日本の国内でおこりつつあります。もともと日本の中で過疎ということばが使われたのは、高度経済成長まっただ中の1965年ごろです。実は高度経済成長そのものの裏でおこっていたのが過疎化だったわけです。
 福祉や医療の世界の中でも、過疎地域の話は高度経済成長期やその後の時期でも繰り返し取り上げられてきていますよね。社会福祉協議会の住民主体をうたった旧「基本要綱」もその策定の会議が行われた山形などの実践を色濃くもったものでしたし、地域医療の実践も岩手や長野などが有名な実践として繰り返しいわれてきました。もともと、なぜここまで国土の隅々までという話も歴史的にはいろいろな背景がありますが、主題と関連ずけられるのは、日本列島改造論以降、80年代から起こってくる全国隅々までの道路網の整備と「ストロー現象」といわれる現象がおこってくる時期になると思います。
 日本は都市計画という考え方がきわめて薄い国です。また、それゆえか、歴史ゆえか、都市計画がなじみにくい国でもあります。(続く)

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2016年11月17日

「医療介護の保険者機能の強化」

「医療介護の保険者機能の強化」

ききなれないことばだが、昨日ふれた経済財政審議会の資料や財務省の資料の中で、今年よくみることばである。
簡単にみつけることができる資料が以下である。

厚生労働大臣が経済財政審議会に出した資料である。
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2016/0511/shiryo_06.pdf

この資料、5pのスライドだが
1 基本的考え方
● 社会保障制度の充実・強化とともに、重点化・効率化を進め、国民負担の伸びを抑制
経済・財政と調和のとれた社会保障制度に。
● 中長期的な視野に立った社会保障のあり方を見据え、その実現を図る。
改革工程表に則って着実に改革を推進

2 医師の地域偏在・診療科偏在の解消に向けた強力な取組の推進
経済財政運営と改革の基本方針2015(平成27年6月30日)
「人口構造の変化や地域の実情に応じた医療提供体制の構築に資するよう、地域医療構想との整合性の確保や
地域間偏在等の是正などの観点を踏まえた医師・看護職員等の需給について、検討する。」

3 医療・福祉人材の最大活用のための養成課程の見直し
複数の医療・福祉資格を取りやすくし、医療・福祉人材のキャリア・パスを複線化。
→具体的な取り組み 
○ 医療・福祉の複数資格に共通の基礎課程を創設し、資格ごとの専門課程との2階建ての養成課程へ再編することを検討。
○ 資格所持による履修期間の短縮、単位認定の拡大を検討。

4 地域包括ケアの深化に向けた新たな施策展開
地域包括ケアシステムは、高齢者等の多様なニーズに応え、自立し充実した地域生活の実現
を目指すもの。これまで、地域医療介護総合確保法等に基づき高齢者施策を軸に推進。
今後はさらに、地域の生活支援サービスの育成・支援を図る仕組みを整備しつつ、医療、介護
等の公的サービスとの適切な組み合わせにより、高齢者のみならず、地域で支援を必要とする
方々の暮らしを支えられるよう、地域包括ケアを深化させていく。具体的には、
アクセプト 医療・介護の保険者機能を一層強化し、そのリーダーシップの下で、医療・介護の質の
向上や予防等の取組を強力に推進。
アクセプト 高齢者のみならず、地域住民の多様なニーズに応えるため、地域コミュニティにおける
「支え合い」の機能の充実や民間事業者による保険外サービスの育成・活用を推進。
対象者ごとに整備されている福祉サービスも、「タテワリ」から「まるごと」へと転換(「地域
共生社会」の実現)。
アクセプト 医療分野等のイノベーションを促進する振興策を積極的に展開。また、公的サービスを補
完する民間の活力・資金を積極活用(ソーシャルインパクトボンド の活用等)。

5 イノベーション促進と民間活力の積極活用
医療・介護サービスの質の向上 関連産業の振興によるサービスの充実 社会保障の効率化


この資料に凝縮された現在の施策の方針のエッセンスが盛り込まれている感じがある。

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2016年11月16日

「経済・財政再生計画 改革工程表」

「経済・財政再生計画 改革工程表」というものをおききになったことがあるだろうか。
もともとは平成27年の12月に 経済・財政一体改革推進委員会 のなかで提示されたものであり、順次分野ごとに改革の工程表というものがしめされている。

昨日、引用させていただいた柴田悠氏の著作にもあるように、日本の財政問題は超高齢社会のなかで社会保障費の抑制の問題に中心がおかれるようになっている。もちろんそのことを盲目的に受け入れる必要があるのか、否かという課題もあるし、世代を超えた形での再生を担っていかないとそもそも国が沈没するという趣旨の立て方もある。しかしながら、官僚的(?)には、とにかく目の前のことを分析し、対策をたてていく必要があるという立て方をされているように見える。

社会保障分野に関する工程表
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/reform/280428_devided/report_280428_3_1.pdf
• 医療・介護提供体制の適正化
• インセンティブ改革
• 公的サービスの産業化
• 負担能力に応じた公平な負担、給付の適正化
• 薬価、調剤等の診療報酬及び医薬品等に係る改革
• 年金
• 生活保護等

となっている。
この資料にそれぞれの細目分野に改革の工程表がついている。

この工程表をよくみてみると、最近によくマスコミに取り上げられる項目がすでに取り上げられていることがわかる。
そのもとになっている経済財政諮問会議。その中に実は社会保障ワーキングという検討会議があり、その会議の中で、財務省からこのところ繰り返し出されてきている資料の基になっているような資料をみることができる。
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/reform/wg1/index.html
数日前から騒がれている年金の方式の改革なども「きちんと」この会議の中に取り上げられている。

http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/reform/wg1/index.html
平成27年8月からすでに15回開催されているこの会議。

その内容や方向性が現在の政策的な方向の軸になっているが、その中身はでは一体何なのか。

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暮らしネットフォーラム2チラシ.pdf
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2016年11月15日

社会保障費の中でも障害者福祉の予算は

昨日、奈良 くらしネットフォーラムの正式なチラシがとどきましたので、文末に。

まずはじめに。

20161113155632_00001.jpg
「子育て支援が日本を救う」柴田悠著 勁草書房 2016

 日本社会が抱えている重大な問題として、まずはあげなければならないのが財政難だろう
日本は1,980年代から史上最速で高齢化し、2005年からは世界一の高齢国になっている。このままいけば、あと半世紀ほどは最高齢国であり続ける。

中略

そのような状況の下では、政府の予算のうち、抑制されがちなのは社会保障だ。その中でも、最も抑制されがちなのは障害者福祉だろう。というのも、社会保障の対象者(高齢者、患者、子供、失業者、障害者、遺族、貧困者など)の中で、権利主張のための言語能力にハンディキャップを抱え、しかも同様にハンディキャップを抱えた高齢者や子供よりも人数が圧倒的に少ない(つまり代議制民主主義において立場が最も弱い)のが、障害者だからだ。
権利主張に置いて(もっとも不利)な障害者のための社会保障は、基本的人権の保障という日本国憲法の立場に立てば、本来は最も優先して確保されるべき社会保障だろう。しかし実際には日本の障害者福祉の予算規模は、先進諸国の中で最低のレベルだ。少なくとも日本では障害者福祉の予算規模は財政に余裕ができないとなかなか拡充されにくいのが実情のようだ。
**********

今年、いろいろな立場の方から評判になったこの著作。著者がはじめにで書いているように、「主観的な印象だけでなく、できるだけ客観的なデーターに基づいて、政策を検討していただきたい」と書かれているように、さまざまな計量的データーを用いて、論をすすめていく。
その著作のはじめに、書かれているのが、この障害者福祉に関する文章である。

著作の中身にはふれないが、この著作は子育て政策こそが今後の日本の唯一ともいえる対策であり、保守・リベラルとも共通に同意できるものであると述べる。

ここでは、その点は主題ではなく、障害者福祉の財源が絶望的な状況にあるということをまず、押さえておきたい。

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2016年11月14日

なら暮らしネットフォーラム 第2回 2017年1月21日でお話させていただきます

まだ、正式なご案内が流れていないようですが。

なら暮らしネットフォーラム 第2回 2017年1月21日でお話させていただきます

今年の2月20日の第1回に続いての第2回になります。
いまおききしている予定でいえば、

私も1時間の枠でお話をするミッションをいただいております。

比較的大きなイベントで長い時間の枠で、ピンでお話するのって、いつくらいだろうか。
(いま、niftyのHPの移行で私のHPがみれなくなっているので、ごめんなさい確認できないですが。いつ依頼か覚えてないくらい)

で、その講演でお話する内容が、すごーく難しいテーマです。
私が、いまそしてこれからをどんな視点でみているのか。。。

かなりおおきなテーマで、すぐにできるようなものではないので、これからしばらくさわりをこのBLOGにアップしていくことにしますので、よろしくです。

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2016年10月31日

障害福祉制度の改革も財務省主導?

 平成30年度の社会保障制度の各各の改正にむけて、国の社会保障制度の改革の指針が昨年出されていて、それに従っていろいろな国の審議会や検討会などがたちあがっているようです。

 関係諸氏は一定の危機感?も持ちながらもどちらかといえば、3年ごとの「いつもごと」のような感じを思われている感じもなきにしもあらずではないでしょうか。(運動団体は別でしょうが)

 しかし、この平成30年改革はかなり大きな改革になり、また、それぞれの制度の改革というよりも国の社会保障に対する仕組みの本気度というか、そこへのアクションの仕方が、いままでは違うのではないか、感じる。

 医療制度については、この間、facebookの方で発信させていただいているが、かなりつっんだ議論がされているのを紹介している。

 その議論をみていても、今回の平成30年度の改革についてはこれまで以上に財務省主導の改革方針がみてとれる気がする。あくまでもこれまで以上に、であるが。
 大西蓮さんが生活保護の母子加算の見直しの議論への危機感をかいておられるが、
 https://www.facebook.com/ohnishiren?fref=nf

 この財務省の資料の中で、障害者福祉についてもかなりつっこんで書かれているので、以下、紹介する。
http://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia281027.html

ー抜粋ー
障害者支援予算の他の社会保障関係費と比較した特徴
○ 障害者向け予算は、サービスを受ける障害者の数の増加等を反映し、この10年間で2倍近くに増加。その伸び率は、社会保障関係費全体の伸び率の約2倍。
○ 障害者向け予算は、他の社会保障関係費と異なり、高齢化のみではサービス量の増加を説明できない。このため、厚生労働省においては、その要因分析や実態把握が必要だが、その取組は十分とは言えない。
○ 利用者負担が非常に少ないことも特徴であり、コストインセンティブが低く、供給サイドによるサービス増加が起こりやすい。このため、支給決定を担う市町村等は、サービス供給の必要性や内容についてしっかりと精査する責任・役割を担うと考えられる。

分析視点例@:サービス供給量の状況
○ 利用者負担が非常に少ないため、サービスの供給量が多くなりやすい構造。
○ このため、利用者のニーズについて随時把握する必要があるが、厚労省における実態把握は十分とは言えない。
打ち上げ花火 包括的な調査(「生活のしづらさ調査」)の実施は低頻度(5年に1回)。
打ち上げ花火 各利用者のサービスの利用状況(類似するサービスを重複して受けていないか等)も、随時把握するシステムでない。
○ 平成23年の調査では、@「福祉サービスを利用したいが利用できない」手帳保持者の割合は2.1%に留まり、A「利用している者」に対する「利用したい者」の割合も37%に留まる。一方、利用者数は24年度以降も大幅に伸び続けている。
○ 平成27年4月より支援の全例について必要となった「サービス等利用計画案」の作成を担う「計画相談事業者」について、サービスの供給を担う事業者からの「中立性」の確保を推進していくことが課題。

分析視点例A:サービス供給量増加の制度的要因
○ 障害サービスの供給主体である事業者は経営体でもあり、利用者数の増加により収益の向上を求めるのは合理的行動。
○ 事業者にとっては、@支援区分が不要であり、A利用期限がなく、B収支差率が高いサービスほど、安定的な利用者を増
加・確保しやすく、収益も向上させやすいと考えられる(注:要支援の程度が低いほど潜在的な対象者が多いと言える)。
打ち上げ花火 「支援区分不要」のサービスの伸びは、平均的なサービスの伸びを大きく上回る。
打ち上げ花火 「サービスの平均的な支援区分の低さ」(支援区分不要や潜在的な対象者数等を反映)と給付額の増加率は相関。
打ち上げ花火 「収支差率」の高さと給付額の増加率も緩やかに相関。
○ なお、障害者施設は、介護や保育施設に比べ、労働分配率が低く、利益率が高い(良い経営状況)とのデータもある。

分析視点例B:事業者へのインセンティブ付けの在り方
○ 利用者負担がないことは、サービスの質の確保にも供給サイドへの考慮が必要であることを含意。報酬設定における適切
なインセンティブ付けがなければ、質の低いサービス供給につながり得る。
○ 例えば、増加する就労支援の報酬体系においては「利用者が増加するほど、事業者の利益となる」一方、「一般就労への
移行や賃金向上へのインセンティブ付けが十分でない」。また、報酬水準が高く、支援区分も不要。
○ こうした状況の下、実際に事業者による不正受給の事案が問題化。放課後等デイサービスにも同様の問題を抱える。

-抜粋終わりー
詳しいことは資料をみてくださったらいいが、この資料で指摘されている点は、30年の改正について一定反映されることが予想される。
相談支援についてもここで、「中立性」がでてきているし、このままでいけば、訓練等給付を廃止もしくは、訓練等給付にも障害支援区分の導入。就労継続支援の有期限化なども考え得ることにもなるかもしれない。
市町村の権限強化ということをどうするのか、現状の市町村の状況を見ると制度変更無しに市町村の権限強化はできないから、区分にあわせての給付制限の仕組みなどを考えていくこともでてくるかもしれない。
なんにせよ、今後社会保障審議会障害者部会などでの具体的な議論になっていくだろうが、目が離せない議論になっていくだろう。




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2016年10月30日

地域での貧困の世代間連鎖をたちきるための新しい動きをはじめることにしました

 2000年ごろから私となんらかのつながりをもっていただき、当時の講演をおききいただいている方たちはご存じだと思いますが、私が活動している大阪府寝屋川市。

 大阪市の衛生都市として、高度経済成長期に発展をし都市化が進んだ地域ですが、同時にいち早く貧困化が進んだ地域でもあります。それこそ旧然の都市化理論そのままで、ドーナツ化の周辺部分がスラム化したといってもいいでしょう。「地方から流入した安価な労働力がそのまま経済力を高められず定住した地域」という地域特性を市域の中に多く持ちます。
 私の感覚ですが、2000年頃にはもう、貧困の第1代世代間連鎖(保護家庭のこどもが保護になっていく)ということがはじまり、生活保護から抜け出せない家庭がみられるようになりました。そして、その後、その状況は拡大しいまや第2代世代間連鎖がはじまっていき、深度がふかまっていっている気がします。

 以前から大阪の寝屋川市と他地域でお話をすると、「きいたことあります」「あー、最近、虐待でこどもがなくなった事件があったところですよね。。。」
 虐待の多い地域です(虐待は発見のアンテナ課題もありますから、それだけ地域で虐待に対してのアンテナが高いということでもありますが)。

 いつも言っていますように、寝屋川市はそれほど福祉が進んだ地域ではありません(よく勘違いをされます)。確かに、障害児の早期療育システムは行政を中心に構築されていますし、精神障害者の地域医療では、このあと紹介する三家クリニックを中心に行われています。また、社会福祉協議会の福祉委員制度などは先駆的に行われてきています。しかし、全体的なレベルとしては中くらいだと評価しています。

 今年の1月の「ふわりんクルージョン」に登壇させていただいたときにもお話をしましたが、底辺に流れているこの貧困の世代間連鎖をなんとかしないといけないという問題意識がここ2,3年、とくに高まっています。「多問題家族」なんて、ことばでは対応しきれない。複合的多問題家族???変なコトバですが、ともすれば、一家全員がなんらかの障害や病気があるとかはあたりまえ。ジェノグラムに書ききれない登場人物のケース(わかりますか?ステップステップステップファミリーとか)、などがふつーに登場してきます。明日家がないとか、も結構頻繁に出会うケースだったりします。もちろん、そういう対処をしていかないといけませんが、モグラたたきでは、地域課題の解決にはつながらないぞ。と。

 今年度、いろいろな形でのアクションを起こしていこうと準備をしてきました。いまからいくつかのプロジェクトを順次立ち上げていくことにしました。まず、その第一弾でかつ中核的なプロジェクト「NEFNEプロジェクト」です。このプロジェクトは、このような問題意識を共有した三家クリニックとの共同プロジェクトで、寝屋川市の駅前にその拠点施設を立ち上げようというもので、その4階を寝屋川市民たすけあいの会も貸していただこうという形です。その4階を子ども若者支援の拠点にしていくことを想定しています。その拠点全体としては、1階のショップ&ギャラリー、2,3階のカウンセリングルーム、そして3,4階のこども支援という構想です。10月27日から三家クリニックの関さんが改装費のクラウドファンディングをはじめられました。このあと、第2弾、第3弾のご報告になっていきますが、まず、第1弾。ぜひ、ご覧いただき、拡散をよろしくお願いいたします。↓
 https://readyfor.jp/projects/10096




  
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2016年09月29日

専門家時代の幻想から「専門職まがい」の空想の時代へ

 近代化され、専門化されたサービス・システムに本質的に内在する、「愛」と「ケア」という仮面をかぶった特権的な専門家・専門サービス担当者(教師、医者、カウンセラー、弁護士・・・等々)による、人びとを無力化し、人びとの能力を奪う、人間破壊的「援助」について。
(イリイチ)

いまさら、イリイチでもなかろう。
ポストモダンとかなんとか、よくわからない「哲学的あそび」のような議論は、一部の「もてるもの」の遊びでしかない、と。

30年前にアメリカ的文明社会の批判は、10数年前に日本で「ゲンジツ」化し、あたりまえのように私たちの生活に根付いた。

21世紀を目の前にして、いま「失われた20年として」語られる日本のバブル崩壊後の社会は、深化したものとしての高度工業化社会を一気に推し進めたのだろう。と、同時にこれから数十年後に起こる「日本」という国(そのころに「現代国家」という形態が残っているという前提で)の人口再生産の適正的規模=すなわち、人口ピラミッドがほぼ円柱型になるような=時代を想定して、いまからいわゆる団塊の世代に対する「ありがとう」ということばと、「ある一部分」の経済的賦与が行われて、そして葬られていく時代を迎える。

その「世代的一掃の時代」に、「医療的社会」「医源的社会」は中心的アイコンとして存するが、その実、狭い意味の医療は、「医療技術の進歩」という幻想的人間社会の進化を表すものにすぎず、それは宇宙を研究する科学と同義にしかすぎなくなる。これからの「医現的社会」は、中心的アイコンを「健康」にシフトさせてきているのだ。

 今現在、日本は高度に専門家された社会になった。特にそれは、社会保障費という「見せかけの経済」に巣くうように仕組まれた専門家を大量生産した。90年代、工業化社会をベースにした経済成長は鈍化をみせ、新たな産業として、「情報化社会」とともに「家庭外部化社会」を私たちは選択した。シャドウワーク、アンペイドワークといわれる貨幣の媒介をおこなっていなかった労働を貨幣化するために、私たちは専門家を作り出すことによって貨幣化し、「愛」と「ケア」の仮面をかぶる特権階級的専門家を数多く生み出すことに成功してきた。
 しかしいまとなってみな気づいているように、それは単に「団塊の世代」を葬送するために一時的に作られた高度専門家社会でしかない。その財源は枯渇し、姑息的に延命措置的な政策を繰り返すのみである。
そして、税金と二次的税金(社会保険)によって構築されてきた医現的社会は、そういった社会の【シト】として「愛」と「ケア」を仮面的に提供する専門家に、ズブズブにされたのちに、健康というアイコンをみな自己責任で購入しに走るのだ。

ああ、なんということだ。

「健康はすばらしい」と、ほぼだれも否定できないアイコンを、今後は制度的ビジネスではなく、市場的ビジネスから、「愛」と「ケア」の仮面をかぶった専門家といわれる人たちから購入していくのだ。いや、もうしているのだ。そして、そこに空想的社会が広がっていく。【現代国家】の幻想とともに。

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